第II光:『光臨』第六章『戦乙女たち』    I  『フォース太陽系方面強行制圧戦隊』――俗称『第一フルボッコ艦隊』、旗艦『モデレーション』。 「司令官閣下――全ての準備が完了しました。一切の、滞りなく……」  すっかりと、白髪が目立つようになった頭髪を掻き分けながら、シャルロッテ。そりゃ、自分だって老け込むわけよね。 「ありがとう、シャリー――長かったわ」 「長い夢ですよ。やっと、現実がここまで辿り着けた……」  そうね、そう答えておいて、ソフィ・ムラサメはその紅唇に右手人差し指を当てた。本当に、やっと、やっと『ここ』まで。あなた、私達を最後まで護って下さいね。それ位は願っても良いでしょう? 何しろ、あなたときたら何もかも私達に預けたままで、早々に退場してしまっているんですもの。 「全艦隊に通信をお願い、シャリー」 「はい!」  全く淀みなく動くシャリーの両手に、老いの要素は感じられない。どうぞ、と続けて向けられてくる満面の笑顔だって、ほとんど変わっていない。 「ありがとう――さて――」  ソフィは息を大きく吸い込んだ。全く、いつになっても馴れることのない仕事の一つが、これだった。 「太陽系方面要撃艦隊司令、ソフィ・ムラサメ・アレン光将より、全員に。いよいよ、『作戦』が開始されます。亡きクリストファ・アレンの想い、理念理想の具現『そのもの』でもあったこの『フォース』に賛同し、その人生と言う時間、そして労力、或いは命を捧げ続けてきてくれた皆に、心から感謝したい。ありがとう――」  意識して、間を置いた。クリストファ・アレンであれば、こう言うのだろう。そればかり、考えている。全く、どれだけ自分は彼にその魂を束縛されているのだろうか。勿論、望んでのことではあるけれど。 「――それも、いよいよ最後の段階になります。一時間後には、我々『フォース』の最初にして最後の一大反抗作戦『Bring the RLights』が発動されることになるでしょう。無傷で済むとは思っていませんが、願わくば一人の未帰還者だって出ないことを私は望んでいます。人類の未来の為、皆の命と力を、もう少しだけ、もう少しだけ貸して下さい!!」  器用なシャリーが、艦橋の壁面一面に艦内映像を出力していた。『フォース』軍服に身を包んだ多くの人間が、鬨(とき)の声を上げている様子。そして、一部には感極まって泣き崩れている人間の姿も確認できたが――あらら、あれはどうやらアレックスとセクノアのようだ。 「これより、『フォース』、我が戦隊はソフィ・ムラサメ・アレンの名に於いて『ありとあらゆる』『軍隊』と『兵器』、『戦闘知性体』に対し、宣戦を布告するっ!! 反撃してくるもの、抵抗を試みるものは全て『敵』だ!! 破壊殺戮、蹂躙(じゅうりん)、殲滅を徹底しろ!!」 「――機動可能なDM、EF、他艦載機群はこれは全て出撃せよっ!」  最後に付け加えられたこの命令は、通信に乗せる必要はないものだったが、全軍の士気を高めておいて損は無い。デウス・マキナ、そしてエスカトス・フレームと言う存在があっての『フォース』なのだから。 「RL01、『メイヴ』!! 待ってました!!」 「EF02『ジャンヌ』了解。何なりとお申し付けを」 「RL02、『シアン』了解。やっと暴れられる!」    ・    ・    ・  全ての駒(こま)は、揃ってはいない。要となる『特別機』の到着は、その時になってみなければ分からないし、『ルーシファ』に至ってはそれこそ何もかもが神懸かりの綱渡りになるだろう。『NOIR』のユキトが無事に合流を果たしてくれれば、何かと計算が助かる筈だが。しかし思えば、その息子とも、どれだけ自分は会っていないのだろうか。少しは聞き分けの良い子になってくれていないと困るんだけれど……自分に、それを言う資格はない、それは分かっている。  そんな『デウス・マキナ』に乗り込むのは、多くが年若い――そう、ユキトやティナとほとんど変わらない、年端も行かない少年少女達。全く、その業の多くは、本来は自分達が背負うべきものなのに。そしてEF、『エスカトス・フレーム』に関しても、虚心坦懐(きょしんたんかい)ではいられないソフィでもある。よもや、『彼等』が自分達と行動を共にする未来が待っているだなんて、昔の自分にはとても想像できなかった。だが、今の『彼等』は掛け替えのない戦友だ。それに疑いは全くない。そして、『アテナ』。私もいよいよ、その『覚悟』を決める時かな?  格納庫に整然と並んだデウス・マキナ『ライトニング』に、順番に火が灯されていくのを見詰める中で、涙が両の頬を湿らせていることにソフィは気付いていなかった。  時は光暦95年。  人類は、未だにその『業』から逃れられてはいない。  クリストファ・アレン、その魂も、また――  涙声。  ああ、それは涙の声。  ソフィ・ムラサメ・アレンは、この時、涙で、これを口にした。 「――『クリス』、起動!!」 「了解――『クリス』起動フェーズに……」  答えたシャリーの声と指もまた、激しく震えている。 「システム・エラー、認められず。全て順調――拒絶反応無し」  続くナナの声は、こちらは冷静なものだった。その強さは、今のソフィにとっては尋常ではない羨望に値している。  『ルーシファ』、XIII。13番目の改修。  かつて『ライト=ブリンガ』と呼ばれた機体。  それが幾星霜の時空を超えて、今、起ち上がろうとしていた。  しかし、『クリストファ』はそこには居ない。  そう。  そこに、『クリス』は居ても、『クリストファ』は居ない。  『ルーシファ』が、目を醒ます。  人間の、この世界。  自分達以外の『ありとあらゆる』武力の全否定。  『フォース』は、その為だけに設立された組織だ。  領土的、そして政治的野心の一切を持たない、純粋すぎる『軍隊』であり、『力』。  彼等は、ただその為だけに  この時の、為だけに  それでも夢と希望を持って  底の無い闇を払い  喩え一筋でも光をもたらす為に  『ルーシファ』が咆吼を上げる。メーン・ユニットが一斉に拡散し、その背面でゆらゆらと波打っている。その姿は悪鬼羅刹、或いは文字通りの悪魔、サタンを彷彿とさせるものだった。かつて、『戦女神』とも呼ばれた優美な面影は、そこには全く無い。機体各所のトラクタ・ビームを雷光さながらに散らす中、そんな『ルーシファ』は呻りながら、その一歩を力強く踏み出した。  深い絶望と失意の内に、夭折(ようせつ)した『愚か者』の成れの果てが、『これ』。  迸るプラズマ光が頭部へと翳り、これが図らずも滂沱(ぼうだ)とした涙を演出している様に。  格納庫詰めの人間、その全てが整然と並び立ち、一糸も乱れぬ敬礼を『ルーシファ』に送る。  気密服、そのヘルメットの中で泣いている人間の数は、少なくはない。噎(むせ)び泣きを押し殺す声が、共有周波数帯に乗って、その限定的な周囲へと伝染していく。  自発的な意志も無く、ただただ機械として、その一部として機能しているこの存在は、かつての彼等の多くが、敬愛して止むところのない『人間』だった。  『ルーシファ』は、『クリス』は、今一度咆吼を上げた。  自らの運命に、全力で抗うように。    II 『念の為に消火班を用意しておけ!』 『医療チーム、収容後は直ちに医務室へ搬送、最優先!』  ライト=ブリンガの帰艦に伴い、工房ブロックは混乱の真っ只中にあった。エリーゼを筆頭とした医療チームは、既に自走担架及び薬品各種を揃えて待機していたし、機体それ自体を保持係留する為の格納ベッドの展開に、整備組はそれこそ怒号を交わし合いながら従事していた。 「ドクター、幕僚長とルヴァトワ二尉、その最新状態がこれに――」  無重力の中、器用にその天井面から滑り降り立ったメイド服――言うまでもなく、マリーベル・リンスその人である。 「ありがとう――どれどれ……」  主任医師であるエリーゼは、差し出されたメモを早速確認した。ある程度はその『中身』の健康状態のモニターを可能とする気密服――特にRLのスーツは、特注品のそれであった。 「……うーん、実際に診てみないと分からないけれど、取り敢えず二人とも命に別状は無さそうね」  エリーゼのその発言に、マリベルだけでなく、その後方で控えているマキーナを含めた三人の看護士が全く同時にその胸を撫で下ろす。 「幕僚長は吐血がまあ、深刻かなあ――アバラは……これはまあねえ、ガッツがあれば。ルヴァトワ二尉の方はまあ、まず問題ないわね。一応、検査するけど。ま、両者共に特に問題なしってことで」  言いながら、エリーゼは姿勢と立ち位置を変えることなく、メモ用紙を可愛い部下達の方へと手渡してきた。彼女等にも状態を知っておいてもらわなくてはならない。 「拝見します」  代表してメモを受け取る中、どうしても真っ先に幕僚長の項目へとマキーナの視線が飛ぶのは止められない。若干の意識混濁、嘔吐、吐血、肋骨骨折、内臓器一部損傷――ちょっと、これって。 「……こ、これは『問題の無い』ってレベルなんですか?」  それは自分、マキーナは素人ではない。しかし、自衛隊所属の看護士となっての日が浅いのは事実だった。その背後から等しくメモを覗き込んでいた二人も、息を呑んでエリーゼの言葉を待っている。 「……命に別状は無い、と言った。まあ、自衛官として……いや、最前線で体を張るのは論外よ、そりゃ」  エリーゼ・リンが渋面を作っていたことを、彼女達はここで初めて知った。そして、マリベルが半泣きと言って良い表情を構成していたことも。    ・    ・    ・ 「全く、どいつもこいつも色々とやってくれるよ!」  その頭を乱暴に掻きむしりながら、スコットは叫ぶ。『アテネコ』に呼び出されるという、そんな前代未聞の展開の末に待っていたものは、新たな『デウス・マキナ』――正確を記するのならば、そのパーツ類とでもなろうか――との邂逅(かいこう)と言う結果。 『なんだこりゃ!?』  腰を抜かす部下達を責めることも出来ず、とにかくその詳細と、何よりもその『存在理由』に関する追求を実行しようとしていた矢先に、被弾した『ライト=ブリンガ』が帰艦すると言う!  被弾、被弾だと!?  『ライト=ブリンガ』に土を付けるような存在が!?  詳細は不明だったが、パイロットが負傷したとも聞いている。全く、冗談じゃない。クリストファが被弾したということすら、信じられない。あの男は、いつだって無傷で帰ってきていたし、それはこれからも連綿と、永劫に続く『当たり前の』流れだったのではなかったか。 「ええい、くそっ! とにかく、全員集めろっ!!」  へたり込んだままのチャーリィの尻を叩きながら、スコットは駆け出した。この時の彼等は知らない。ファイナル・ガーダ、『ロータス』が、大破の憂き目に遭っていたことを。    ・    ・    ・  『エターナル』から射出されたプロペラントで給水行為だけを実行し、ライト=ブリンガは古巣である『フォーチュン』へと針路を取った。実際のところ、『エターナル』にはデウス・マキナを維持整備可能とする設備の存在がない。 「心配か、副長」  みるみると小さくなっていくRLの発する光点に対し、未だに敬礼を解けないでいるベアトリイチェの背中に、ブレンハルトが声を掛けた。 「心配ですよ、そりゃあ――」  ゆっくりと敬礼を解除しながら、事実上の艦長であるベアトリイチェ。 「初戦――いや、『緒戦』はどうにか乗り切れたが、今後はどうなっていくことか」 「どうにか、ですと――」  ベアトリイチェの眉が上がった。とは言え、怒っているわけではなかった。 「――大勝利に近いですよ、実のところはね」 「大勝利……かね??」  露骨に首を傾げて、ブレンハルトは唸った。 「少なくとも『敵』の出鼻を、その鼻っ柱を殴り付けることには成功しています。損害だって、艦載機数機――『それだけ』です。幕僚長は負傷し、貴重なデウス・マキナは損傷しましたが、何(いず)れも修復不能なものではなく、特に旗機RLはパーツ損失と極一部の損傷のみ。対して、我々は敵デウス・マキナ――と言って良いのか――の事実上の撃破、そして艦載機群の多くを『喰い散らかした』。敵の規模も大凡(おおよそ)の予測は付きましたし、その作戦概要だって朧気ながらも見えてくるものはある――」  それは周囲の人間に聞き取られるよう、意識して大声でベアトリイチェは言っている。幕僚長の負傷は、実のところ一部の人間しか知らないところであったけれど、人の口に戸は立てられないし、不安感というものは静かに、しかし確実に伝染していくものであることを彼女は熟知していたからだ。士気を下げて、何とするか。実のところ、エテルナ自衛隊の最大の武器はその『士気』にある。防衛戦争としての強みだ、とクリストファが言っていたことがあるが。勿論、オフレコで、だけど。 「これを『大勝利』と言わないで、何になりましょうか。『敵さん』の動揺はこちらの比ではありませんよ。実際のところ、こちらの戦力規模だって把握できていないはず。これは有利ですよー、先手を取れたってのは本当に大きい!」  実際のところ、そこまで楽観はしていない――創設一年に満たないエテルナ自衛隊は、まだまだ烏合の衆以上の存在にはなれていない。やはりあの時、クリストファ・アレンは言わなかったか。 『安穏と出来る時間的余裕は我々には存在しないと考えろ。『烏合の衆』を、『まとまりのある烏合の衆』にするのが、今の我々の急務だ』  全く、その通り。しかし大きな、そして深刻な混乱も無く、初めての戦闘を凌ぐことができたことにベアトリイチェが深い安堵の念を覚えているのは事実だった。もっとも、主役は艦載機群の側にあって、艦隊運用としての実力が問われるのはこれからとなろうが。でも、先手を取ったことで、次は敵の出方を見ることも出来る。やれるさ。 「ともかく、まだまだこれから。大丈夫、私達ならやれますよ!!」    ・    ・    ・ 「RL本体に関しては全てスコットに一任、『中身』は医療班にお任せ――」  携帯端末によるメール入力をリズミカルに行ないながら、キリオはコーヒーの詰められたパックを手に取ったが、これが果たして何杯目のコーヒーとなっているのか、もはや考える気もしない。 「ようやく、こちらも忙しくなってくるわね」  自失より完全に立ち直ったソフィ・ムラサメの声には余裕があった。 「ああ、いよいよ艦隊戦になるだろうしな。問題は、敵さんにどれだけ手持ちの艦艇があるか、ってところだが――」  まあ宇宙要塞だしなあ、と最後に呟いたキリオ。情報部の目算では大小合わせて五十隻となっており、数だけで言えばエテルナ自衛隊の保有艦艇数と拮抗する。が。 「『アルティマ級』がどれだけ存在しているか、が問題だな」  全く、その設計開発を手掛けたのが自分達というのも情けのない話だが。 「それと、敵の『DMもどき』も気になりますな。単機であれば、幕僚長が撃破に成功していますから楽になりますけど」  心なしか、声を低めてソフィ。確かに、周囲に聞かせて良いような内容でもない。 「……ふむ……うーん……」  携帯端末の手を止め、一転して渋面になったキリオ。 「どうしました?」 「……いやね、柄にもなく、思った……いや、感じちまったんだがね」  キリオが言葉を続ける気配はソフィにも読むことは出来た。 「……もしかしたら、未来の戦闘ってのは『DM』とその類(たぐい)が主役になっていくんじゃないかな、ってな」 「――かもしれませんね」  簡潔に同意を示したソフィだったが、その未来図は楽しいものでは断じて無い。その上、実のところ彼等が有する唯一のデウス・マキナ、『ライト=ブリンガ』にしたところでその仕組み、全容は謎に包まれていることもあったから、なかなか未来図を事細かに描き出せるものでもなかったが。 「っと、今はそんな未来予言者ぶっている場合じゃねえな――ともかく、編成はソフィ、君達に任せる。俺はちょっと方々に飛ばにゃならん。何かあったら情報は『ヤオ』に一元化させておいてくれよな」  立ち上がり、その背筋を伸ばしながらキリオ。被弾したRLの修理に関しては、場合によっては直接工房ブロックへと足を運ぶ必要はあるだろうし、情報室による戦況分析と情報の精査、その報告も実際にその耳で受けなくてはならないだろう。そして何よりも、今後の艦隊編成に関してのそれが頭を悩ませるところであり――なかなかどうして、副司令官は多忙なのだった。 「はい、お任せ下さい。そちらこそ、手間を掛けてごめんなさいね」 「なあに、これも仕事ってことでね――」  首をコキコキ鳴らし、あくまでもいつもの調子、猫背を丸めてキリオは艦橋を立ち去っていく。いつだって、キリオはマイペースなのだ。装っているとは言え、だが。 「さて、こっちも頑張らなくっちゃ」  艦長席へと戻り、マリベルからカフェオレのパックを受け取った。さあ、これからが本番だ。クリストファのことは気になるし、医務室にだって足を運んではみたいけれど――この情勢下でそれを喜ぶ『彼』ではないことは良く知っていた。 「副長、報告を聞こう――」    ・    ・    ・ 『ライト=ブリンガ着艦!!』 『繋留用意! ハンガー、問題なし!』 『よおっし、大丈夫、イケるぞ!』  左足をその膝から、そして右手の手首より先を喪失していたRLはそれでも完璧な着艦を達成した。片足での一歩を突き、そのまま専用の格納ベッドへと収める様は差し当って、整備員達を安心させたけれど。 『気密状況確認次第、ハッチ強制解除! 備えーい!』  叫びながら、気密服装備のスコットは自らの体をRLの頭部へと向けて飛ばしている。節々から由来の分からない湯気を立てながら頽(くずお)れているそんなライト=ブリンガの姿は、ややもすると痛々しさを超越した存在だった。実際に、美肌の所々に焦げ滲んだ痕が刻まれている様子を目の当たりとするのは、『普通に』辛い。 『気密オーライ、ハッチ解除!!』  やはり怒鳴ってきたのが誰かは分からない。とにかく、ライト=ブリンガの左頬、コックピットハッチは開放されたのだ。 『おいクリス、大丈夫だよな!?』  外部スピーカーまで使いながらのスコットの声だった。 『ああ、どうにか生きてる……それより、彼女を――』  半歩を踏み込んだ中、スコットの目に飛び込んできたのは血塗れの幕僚長の上半身と、その足元でぐったりとして動かないミランダの姿。絶叫しそうになるのを堪えながら、ともかくスコットは医療班を呼びつけた。事前の打ち合わせがあったから、これは全く問題が無かったが。 『ミランダ、『フォーチュン』に、『家』に着いたんだよ――』  もはやヘルメットも装備していなかった幕僚長は、等しく未装備のミランダの頬に右手を宛ながら言ったものだった。 『ただいま――ああ、スコットさん――お久し振り……』  喋るな、と強く言い刺しておいて、スコットは医療班が運び込んできた自走担架にミランダの矮躯を結わえ付けた。 『次はお前さんだ――よっぽど重傷らしいな』  ミランダの搬送に続いて、横付けされた自走担架を引き寄せながらスコットは言ったのだが。 『重力無いし、大丈夫――せめて、担架まではな』  口にして、クリストファは自らの拘束を解いた。直接、接続されていた背面のボルトの強制解除を実行して、クリスは改めて起ち上がったが。 『ゴホッ――』  噎(む)せ返り、餌付いた幕僚長はそれでも、自ら自走担架へと体を向けたのだった。 『無理すんな』  スコットの、この言葉はしかし。 『無理させろ! 幕僚長が横たわって医務室に運ばれて何とするかっ!?』  語気の強さに、スコット・ロードマンは半歩を引いた。この時のクリストファ・アレンの目は、それ程に尋常なものではなかったのだ。結果的に、クリストファは自走担架に横たわることなく、立て膝を突いた状態で医務室まで搬送されることとなった。    ・    ・    ・ 「礼服を」  医務室に搬送された、クリストファの第一声であった。 「はい?」  工房ブロックからここまで、自走担架にそれでも付き添ったマキーナ・ローゼンベルクのこの反応を責められる者はいないだろう。 「ああ、これは失礼をした――憲兵隊長に繋いで、礼服を持ってこさせるように、と伝えてくれないか」 「いや、あたしが言いたいのはそう言う事じゃなくて――」  助け船を求めて、主治医でもあるエリーゼの方に顔を向けたマキーナであったが。突然、その左上腕を通常ならぬ剛力で握り付けられた。 「良いから、礼服を 持 っ て 来 さ せ ろ !」    ・    ・    ・  ミランダの検査と治療が続けられているその横で、クリストファはマリベルの手助けを享受しながら、パイロット・スーツから自衛隊一種礼服への――当然、幕僚長専用のものだ――更衣を実行していた。 「せめて、痛み止めだけでも」  言ってきたエリーゼのこの言葉は、拒否。激痛は激痛だが、他の感覚が麻痺するのは勘弁願いたい。半分諦めたマリベルによってメイクまで施されながら、それでもクリストファはどうにか礼服への更衣を完了させた。 「艦橋へ繋いでくれ……」  等しく、持ってこさせた日本刀『サクラフブキ』を杖代わりにして起ち上がりながら、クリスは言った。    ・    ・    ・ 『全自衛隊員に告ぐ。いよいよ、戦闘が始まった。報告を受けている者も居ようが、緒戦は私自らが戦線に立ち、これは我々が『敵軍』を圧倒する結果となった! だが、緒戦は緒戦だ! 続き、連綿と続く戦闘は予断を許さないものとなっている。今回の勝利は評価に値するが、それでも局所的な有利であることを忘れるな。本番はこれからだ。艦隊戦、これは我がエテルナ自衛隊にあって未知の領域だ! 総員の奮起と、常の弛まぬ厳しい鍛錬の、その発露を極めて強く要求したい!!  大統領は言った!!  寸土たりとも蛮族共にこの世界を侵させるな!!  諸君の奮戦に期待するっ!!』    ・    ・    ・ 「……映像回線は切れたかな?」  表情を戻しながら、それだけを口にした幕僚長。 「はい、素晴らしい演説でした。毎度毎度、簡潔ですけどねえ〜」  満更、世辞でもない。実際に戦闘に参加した最高指揮官の、それも鬼気迫る演説が自衛官達へと与える影響が素晴らしいものであることに疑いは無い。 「そっか――」  微笑しながら口にして、しかし幕僚長は、クリストファ・アレンはその場で崩れ落ちた。マリベルはこれを想定していたから、その上半身の床面との激突、接吻は容易に回避することが出来たが。 「ハイハイハイ――やーっと静かになった。マリベル、礼服『剥いて』くれ。即治療に入るよ。マキ、アンタは私のサポート。他はミランダの予後に当たって!」  腕捲りをしたエリーゼの表情は、表向きは明るかったけれど。その脱衣を手伝いながら、マキは涙腺の稼働に耐える為に、相当量の精神力の投入をその代価として支払わなければならなかった。対象は、譫言(うわごと)で紡ぎ続けているのだ。 「これから……これからなんだ……まだまだ……まけられないんだ……」    ・    ・    ・ 「俺のあの時の発案をみんな笑ったよな??? よな???」  セクノアが円卓を叩いて、怒鳴り上げた。 「ゼク、笑った笑わないの問題じゃない。落ち着け」  ある意味で、非公式極まりない会合。構成員は『フォーチュン組』がほとんどであったし、そもそも公式的に認められた部署ですら、これは無かった。 「でもよう兄貴!」  場に到着したばかりのキリオに対し、セクノアはそれでも噛み付いた。 「RLには重い『得物』を持たせるべきだ、と俺は常々言ってきたんだ!!」  もう一度、卓を握り拳で叩いた。 「分かってる。評価してるからこそ、こうして集まっているんだ。それ位は理解してくれ、ゼク。それと、俺にはあまり時間的余裕がない。結論は出せるのなら早く出して欲しい」  伊達眼鏡のブリッジを持ち上げたキリオに対して、流石のセクノア・ロットフィルもこれ以上は続けられなかった。 「んあ……まあ、なんだ。今回のRLの局所的敗北の要因が、コレなんす」  言いながら、手元の端末を操作して卓中央の立体映像に反映させるセクノア。その場面は正に、ライト=ブリンガが、そして何よりもクリストファ・アレンが初の被弾打撃を受けたその時。 「相手の『メイス』、棍棒にどんだけの質量があったのか、そもそも『これ』が『何処に』収納されてたのかは精査中ですが……RLが如何に軽量であるとは言え、この跳ね飛ばされ方は異常ですよ。瞬間的に、何Gが掛かったのか、想像も付かないし――それに言うまでもなく、この時のRLは相手に対して逆加重を掛けていたんすから――」  立体映像で実際に再現された当時の状況図には、セクノアによってありとあらゆる数字付けが施されていた。後で、きちんと確認する必要がありそうだ。 「続けろ」  半瞬の躊躇いを放棄して、キリオは遂に煙草に火を点けた。それを認識した頭上の空調機が稼働するのを確認して、続きを促す。 「――はい――ええと、言ってしまえば『DM同士の格闘戦』に関して、真剣に検討するべき段階へと至っているのではないか、と俺はこう言いたいわけです」  しん、と場は静まりかえったが、セクノアは続けた。 「言ってしまえば、今までの我々はライト=ブリンガの敵は常の艦載機、戦闘艦であると想定してきた、その結果としての『不敗神話』を固く信じてきた。だって、RLってオメガ強いもん!」  流石に、この表現にはキリオは紫煙ごと噴き出したが。 「敵さんの『DMもどき』のどこがどう、RLと近いのかなんて具体的なことはまだ分かりませんけれどね、やっぱりDMは『戦局』を一転させ得る『バケモノ兵器』なんすよ。問題は、まず深刻なのが一つ――自分達は半ば偶発的にゲットして、実用化にも『取り敢えずは』成功していますよね――取り敢えずはね、これ重要ですが――相手が、『敵』が実用化にもっと成功していたらどうなるか、ってこと。こっちでまともに動く機体がRL一体で、それも幕僚長しか乗れないってどんだけー、ってことですなあ」  痛いところを突いてくれる。そして、着眼点が自分と実は同じことに、キリオは妙なことだが強い満足感を覚え掛けている。イリーガルとは言え、こういった組織は作っておくものだ。 「ようし、理解した。君達は戦闘に入るまで、議論を進めろ。当然、敵の例の『アイテム』に付いても研究を進めてくれよ」  エリザ・ヤマナカが、ここで手を上げた。 「『ロータス』の機体各部に、残留した繊維片は既に確保しております。必ずや、その組成正体を突き止めてみせます!」 「頼もしいな、お前等は」  キリオのこの言葉は、全く本心だった。戦闘要員として『フォーチュン』に搭乗している、しかし技術畑上がりの彼等を遊ばせておくのも面白くなかった結果としての『イリーガル』だったが。なかなかどうして。今後、この在り方をやはり考えるべきかな。 「主任――いや、副指令――後で承認が頂けるのなら、件の『得物』の加工生産を行ないたいと思いますが。早く手を打っておいて、損は無いと思いますが」  胸を張って、セクノア。 「言ったからには責任を持ってもらうぜ。予算はどうにかしてみせる。ただ、ネーミングだけはどうにかしないと絶対にクリスは持っていかないからさ」  吸い終えた煙草を神経質に携帯灰皿へと落とし込みながらキリオは言った。 「……『RL山越えハンマー』とか『RLスーパーボンボン』とか『RL釘バットdeグランドスラム』とかやっぱ駄目ッスかね?」  ぶんぶん、とその場の全員が首を横に振る。 「……なんつうか、その装飾語が良くないんじゃね???」  この十分後だったか。  彼等が、新たなデウス・マキナの存在が、それも彼等の足元に存在していたことを知って引っ繰り返るのは。    III 「よもや、ここまでの先手を取られるとはな」  ガイア連合帝國宇宙軍所属、航宙要塞『フォート・リー』は統合司令室で、総司令官であるハインリッヒ・レスターは呟いた。 「彼等が実戦に即応できる程の戦力の獲得に成功しているとは全く想定できませんでした。私を始め、戦略研に責任が――」  EF01『静』の喪失による衝撃を隠すこともせず、副官のエドワード・マチス少佐は言う。 「責任がどうこうと言う段階では無い――さて、どうしたものか」  完全な優位性を保った上での『時間稼ぎ』となる予定となる筈が。予定は未定にして決定にあらず――と先人は良く言ったものだな。さて。 「続けて先を打たれるのは上策とは言えないかと」  言わずもがな、それは分かっている。しかし。 「艦艇の出動状況はどうなっておるか?」  半ば諦めながら、レスターは報告を要求した。 「ガイア級4の内、『フランベルジュ』と『トール』は今すぐにでも。残りの各種艦艇に関しては全体の六割が即応可能です」  ほう。思ったよりも? 「……よし、『フランベルジュ』と『トール』を発進させる。言うまでもなく、防御面を徹底させろ。情報も集めなくてはならん。電子戦機並びに偵察機を出せるだけ出せ」 「了解、その様に。徹底した防御と情報収集を最優先させましょう」  全く、当たり前のことだというのにも関わらず、そう報告してみせねばならない立場はいっそ哀れではあるな――そのマチスの表情を直視する気力もなく、顔を振った先に白髪と化して立ちつくしている博士、ベネットが。 「時に博士、EF『義経』はどうなったか?」 「……応答がありません。撃破判定を肯定する材料もまた、これはありませんから望みはあるとも言えますが」  首を振りながら『望み』に言及したところで、説得力などありはしない。当のベネットだって分かっているのだろう。 「……『やられた』ってことだろう? ――そうか、まあそんなものだったか」  実のところ、最初から過大な期待はしていなかったレスターである。正直、あのような『得体の知れぬ』代物に拘泥する『代理人』その他が理解できない。 「返す言葉も御座いませんな……」 「残りのEFは?」 「『ジャンヌ』が、微睡みの中で独自の情報収集を開始しているようですが――これが直ぐに動かせるかと言えばそうでもなく……しかも彼女は一番、扱いにくい存在でして。『ギュネビア』に至っては覚醒の兆候すら……」 「期待は出来ないと言うことだな――宜しい。まあ、動けば儲け、と、そう考えておくことにする。頼んだぞ、博士」 「はい。出来得る限りのことは」  実際のところ、自分自身に出来る事と言うのがどれだけあるというのか。 「それと並行して、敵の『EFもどき』についての調査もやってもらいたい。言うまでもないが、君等が適任だ」 「心得ました」    ◆ ◆ ◆  ライト=ブリンガの惨状を目の当たりとしたチャーリィは絶句した。片足で、そして手首より先を喪失したそんな『戦女神』の全身には至る所に擦過痕が走っていたし、融解して焦げ付いた部分部分がその純白の美肌を浅黒く染めている光景は充分な絶句へと値した。これは彼のみならず、多くの人間にとって『有り得ない』映像だった筈だったが。 「なんともまあ……」  その全身スキャンの結果、傷の多くはあくまでも表面的なものであり、深刻なものは無かったことへの判明へと至ったが、これはあまり慰めにはならなかった。 「さて――スペア、用意しないとならんな」  スコットが電子リストにチェックを加えながら呟いた。 「こう言ってはなんですが、『コア部品』の喪失が無かったことは幸いでしたね」  RLの右脚臑の装甲を撫でて、チャーリィ。 「全くだ。補充も面倒が無くて、助かるというものさね」  基本的にコア(基幹)情報の大部分が『アテナ』によってブラック・ボックス化されている『ライト=ブリンガ』には、その整備パーツ一つを取っても厳格に管理されているという現実があった。特にコックピット周りの部品のそれらは最上級のプライオリティが課せられており、これはなんとエテルナ最高の頭脳の持ち主であるヒムラ・キリオを以てして尚、自由に触れることは許されていない。 「とにかく、不足分、倉庫から引き出してこい。言うまでもなく、『RL』の機体保持は最優先だ!」  叫ぶスコット。しかし、これはやはりその胸中には寂しいものが――いや『虚しい』と言えばいいか??  彼等は、肝心の心臓部のデータを弄ることも許されず、結果として百パーセントの整備が実行できているかというと、これは実は果たせていない。大事な人間を乗せる機体だ。出来れば、その細部にまで手を加えておきたい、そう考えるのは当然のことだろうけれど。     ・     ・     ・ 「これはこれは、驚かせてくれるね。お名前は『フェイク』で宜しいのか??」 『はい、そうお呼び下さい!!』  キリオの前でちんまりと座ったアテネコ・ホワイト。その正体は、アテナからの許可を受けて『憑依(憑依)』している、見知らぬオペレーティング・システム。アテナから『一部ボックス解除』と言う実に魅力的な、しかし突然のメールを受け取ったキリオが、指定されたこのブロックに辿り着いて数分。聳(そび)え積まれた、やはり『見知らぬ』DMのパーツ集合体を前に、キリオは大きく天を仰いだ。 「どうやってこれだけのものを集めたんだ……」  これまで航宙自衛隊、その使途不明金に深刻な規模のものが無かっただけに、キリオとしては空恐ろしさを感じざるを得ない。 『申し訳ありません。事後承諾ではありましたが、しかしこれといって悪質な詐欺行為を働いたわけでもなく――』  これはアテナの声、コントロールなのか? 全くややこしいことこの上が無いな。 「……まあ言い訳は後で、だ――ボックス解除と今回の『フェイクちゃん』の覚醒は関連があるのか?」  そんなキリオはキリオで、しっかりと解除された分野のチェックを別モニターで行なったりしている。抜け目がないのは、どちらも同じだった。 『関連はあるのでしょう――事態が、こと深刻なものに至ったと言うことです』 「肝心のシステム周りは許可されていないな――これは『まだ』と言うことか?」  立体映像に表示させたデータ一覧を表面的に、それでも尋常でない速さでチェックを済ませたキリオは言う。 『そういうことになるのでしょう――申し訳ありません、としか私からは言い様がありません』  器用に項垂れたホワイトを前に、キリオは実際に、現物としてその眼前に存在しているパーツ類の山に近付いた。 「……なんだ、何かと思えばRLの余剰パーツ類とほとんど変わらないじゃないか」  肩部パーツと思われる一つに実際に手を触れながら、キリオ。いや、ほとんど変わらないというか、このままRLの代替パーツとして使えるんじゃねえのか。 『そのとおーり、ですっ! 厳密に言えば、相当な簡略化が図られていますけれどっ! さすがはキリオさん、お目が高いなあっ!!』  左足にその頭を擦りつけてきながら、ホワイト。 「……で、今の君は『フェイク』なのか?」  驚きはない。呆れながらの言葉だった。 『はいっ、『フェイク』とお呼び下さい。まあ、故『ハリネコ』の進化形であるとも言えますけどねっ! だから、キリオさんのことだって、沢山を知っているお!!』  ただただ、呆然とするキリオ。やれやれ、ご無体な事とアンビリーバボな事態、トラブルに関してはスッカリと免疫が出来上がっていた筈だったが、なかなかどうして。 「……突っ込みドコロが多すぎて、取り敢えずは何とも言い様がないんだが……」  両のこめかみをそれぞれの親指で刺激するキリオだった。心無しか、頭が痛い。 『……だと思いますう……けど、ともかく今後とも宜しくお願いします!』 「それは、こちらこそ……で、差し当って現実問題が厳しいものでね、単刀直入に聞きたいことがある」  軽目の深呼吸を一度だけ、挟んだ。 『はあい、答えられる範囲内だったら幾らでも!』  パーツ集合体を指差した。 「『こいつ』は『戦力』になるのか?」 『『戦力』ときましたか、にゃふっ――結論から言うと、『なる』よ』  笑っていやがる。全く、どれだけ器用なんだ。そもそも、この『フェイク』は『アテナ』とはどれだけ『別物』なのだろうか。云々。 『細かい部分はまだ手が入っていなくてね、これはこの『フォーチュン』の皆様の素晴らしいお手を拝借したいところが数点。それと、主機関はまだ、積載されていないんですだよ。これはね、この船の余剰『伍番基』を当てる前提で造られていますから』  聞き捨てならん。 「ちょっと待った――『造られた』って言葉も気になるが、そもそも伍番基は確かにサブはサブだけれど、一基だけで良いのか、と言う純粋で深遠な疑問が」  ライト=ブリンガが、ほぼ同型の対消滅機関を標準で三基、装備していることをキリオは勿論、知っている。 『『ダブル』は『ライト=ブリンガ』のマイナー・ダウン、『量産試験型』としての位置付けになっていると理解して頂いて結構です。『造られた』に関しては――設計を行なったのは『アテナ』であるって解釈がスムーズかと』  その辺のことは、もっと後で掘り下げるとして――取り敢えず、気になったこと。 「『ダブル』ってのがこの機体の名前?」 『イエス。『ダブル(Double)』、つまり『影武者』のこと。まあ、開発コードですから。あまり気にされないでも』  短い尻尾を優雅に振りながら、『フェイク』ホワイトは言う。 「自虐的な響きがあるね――」 『……かもね』  誰にともなく、キリオは一つ咳を払った。 「取り敢えず、まとめてみる。節々の手入れと、主機関をとにかく詰め込めば、『ダブル』は『実戦力』となるんだな!」  節々の手入れ、と口にしながら、果たしてそれがどれだけの手間となるのか。まあ、細かいことを考えるのは後の話だ。しかし、『フェイク』の反応は素っ気のないものだった。 『それだけじゃ駄目』 「他に何が――」  言い掛けたキリオの発言を制して『フェイク』。 『当然、パイロットが必要ですよ、『これ』を動かす為にはね。オペレーティングは『僕』が担当させて頂きますけれどね、当然ね』  キリオの膝から力が抜け掛かった。まさか。 「……おい、まさかこれも『クリスしか乗れない』機体だ、とか言うんじゃねえだろな」 『そんなこと言わないよ――』 「じゃあ、誰が――って、まさかオイ――」 『復帰次第、『彼女』を『ダブル』のコックピットに連れてきて欲しい。発熱が認められているけれど、取り立てて大変なことをするわけじゃない。ただ、数分だけ、そこに座って貰えればそれで良い。初期設定を確認するだけ――』  この段階で、キリオが大きく両膝を突いた。奥歯がカチカチと音を立て続けたが、これが恐怖によるものなのか、或いは憤怒の念によるものなのか。 「……なんで『彼女』なんだ……??」  膝を突いたまま、その頭を両の手で抱えながらようやく絞り出せた言葉がこれだった。 『詳細は不明です――』  答える必要を認めない、と同義なのは分かっている。じわりと涙が――それも悔し涙に近い――溢れ掛かってきたが、これは隊服袖で強引に食い止めさせた。 「パイロットの件は、取り敢えず保留――聞けることは、後で全部聞かせて貰う」  どうにか土俵際で踏ん張ることが出来たようだ。『ありとあらゆるもの』を色々な意味で引っ繰り返しそうな勢いだったが! 『それは、勿論です――キリオさん』    ・    ・    ・ 「『ヘスティア級』の配備が及ばないところは、『クロノス級』で代替させる――防御フィールド網に致命的な穴が空かなければ、今はそれで良い――」  第一艦隊司令官であるブレンハルトが指揮を行なう中、着々と編成図が組み上げられている。想定される艦隊戦に向け、階級の別無く、乗組員達の体温と緊張が高まっていく雰囲気が艦内を満たしている。引き揚げられたばかりの『ロータス』の破損状況報告を、どこか他人事の様に見詰めながらベアトリイチェは溜息を一つ。 『今になって怖くなってくるだなんてね』  とても、口に出しては言えない。艦長席で悠然と足を組んでいるように見えるだろうが、実は四肢末端が小刻みに震え始めてしまっている。機体のみならず、ミランダを喪いそうになったこと、そして実際に喪われてしまった尊い人命。作戦指示がもっともっと上手く行えたのではないか――常の彼女であれば、そんな懊悩が全く無意味で馬鹿げたものであることを考えるまでもなく理解できている筈だったが。 『なんだかんだと充分な戦力はまだ集まっていないのよねえ……』  リアルタイムで構築されて行っている艦隊編成図を眺めながら、ベアトリイチェはそんなことを考えた。本来、前線での『エターナル』の控えとなるのはシールド能力に特化された『ヘスティア級』が好ましいのは言うまでもない。ほとんど裸同然の『アキレス級』と、艦載機群の盾となるべき存在である『ヘスティア級』は、まだまだ充分な数が整っていないのが現状。もっとも、事実上の護衛空母でもある『クロノス級』はその攻撃力よりも防御力に重点を置いて設計されていたから、これは充分に代替の役回りは果たせるだろう。過剰な期待は禁物、と言ったコメントを付箋付きで張っておく必要はあるが。 「艦長――敵要塞に動きが確認されます」  オペレータのその報告に、思索を打ち切ってベアトリイチェは立ち上がった。 「『フォーチュン』に情報リンク、やってるわね?」 「はい、問題ありません」  指揮杖で、床を強く突いた。 「総員、すまないけれど改めて『甲一種戦闘配置』よ! 慌てないで良い、落ち着いて各任務に従事しなさいっ!!」  甲種のそれが解除されたのは、終わってみればほんの十分にも満たなかった。さあ、本番はこれからだ――ベアトリイチェは、その背筋がぶるっと震えるのを自覚。いや、これは武者震いだ。 「『エターナル・エターナル』の名誉に傷を付けるなよっ!!」    IV 「艦長、『エターナル』より報告――『敵要塞に動きを認む、これに対応す』とのこと!」  シャルロッテのその報告に、ソフィはその奥歯を少しだけ噛み締めた。 『敵さんもどうやら、完全な合流までは待ってくれないか――』  しかし、そんな懊悩と歯軋りは、ほんの一瞬。 「結構、本艦隊はこのまま前進を維持。針路変更は参謀室に一任――遅れている艦艇はとにかく、本艦に続くように打電。艦載機群は、発進の用意だけさせておきなさい。それと、位置的にこの『フォーチュン』が第二艦隊で一振り目の『追っ付け刀』となるわ。総員、気を引き締めて!!」  オペレータ集団が「アイメム」と揃った返答を戻してくる中でソフィは耳元の携帯端末を操作する。宛、ヒムラ・キリオ。一度、二度……三度目のコールで、ようやく通信が繋がった。ソフィは回線が秘匿のものとなっているのを改めて確認した。 「キリオさん、敵に動きが――艦橋に戻ってきて貰えると助かりますが」 『んっ……あ、ああそうだろうな……ううっ』  何かあったのだろうか。怪我でも負っているような呻き声だ。 「何かありまして?」 『いや、何でもねえ――了解、艦橋へと急行する。んじゃ』  ソフィが訝(いぶか)しんでいる内に、そんな会話は一方的に切断されてしまった。気にはなったが、彼の立場と現状を鑑みれば、その惑乱は予想できなくもない――と考えることにするべきか。最高指揮官が負傷してベッド送り、そして彼の大切な機体の大破と大切な人間の、これまた負傷……彼の立ち位置を鑑みれば、これは発狂へと至ってもおかしくないぐらいかもしれない。頭を切り換えて、続いて端末を操作。医療室に詰めている、マリーベルが次の相手だった。 『艦長、マリーベルです――ちょうど連絡を入れようと思っておりました』  続けて、と言ったソフィの声に、息を整えるマリベル。 『まずは良い報告から――ミズ・リンによれば幕僚長閣下の容態は思っていたよりも遙かに良好でありました。憂慮されていた内臓器の損傷はこれが無く、肋骨は一本が骨折、一本に罅(ひび)。吐血はどうやら、胃潰瘍の一種だったようで。言うまでもなく、命に別状はありません』  充分に重傷な気もしたが、ドクターの評価を優先すべき時だろう。差し当って、一番、気になっていること。 「で、閣下は?」 『現在、投薬を受けて睡眠中です――遺憾ながら、この方が『護衛役』としては安心できるのですが』  噴き出しそうになった。いや、噴き出した。 「ふふっ――マリベル、それで良い。眠るだけ、眠らせておいて――」 『はい、その様に計らいます――本当、無茶し過ぎなんです、この人』  マリベルがこうも弱音を吐くとは、余程なのか。ソフィはその背筋に薄ら寒いものが走るのを否定できずにいるが。 「万が一、目を醒ますことがあったらこっちに連絡を入れて。マリベル、『彼から片時も離れるな』! これは、命令!」 『りょ了解――』  息を大きく飲み込んでのマリベルの返答だったけれど、自分の意図は十全に通じた筈。しかし、それでも付け加えなくてはならなかった。 「リンス一佐、何か無茶しようとしたら少々の物理的暴力は私が『個人的に』認めます」 『そ……それわぁ……って……ええええええええええええええええええっ!?』  ソフィのその剣呑な発言に、背後に控えるステラが身じろぎする。 「まあそれ位の覚悟、ってことでね――ちなみにビンタが有効よ」 『はわわわわ――りょ、りょうかいであります――ってやったことあるんスか!?』  引っ繰り返ったままのマリベルの声だったが。 「――あるわけないでしょ」  遂に堪えきれず、大きくソフィは笑う。理由はどうあれ、艦長がその指定席で笑っているのは悪いことではない。 「げふんげふん――ああ、それとミランダの具合はどうなっているかしら」  ソフィは声と表情を、半ば強引に戻す。 『先程、ヒムラ上級一佐から同じ問い合わせが実はありまして――まあ取り次いだだけなんですが、いずれにせよ、外傷も全く認められず、問題はないそうです。精神的ショックも、全くと言って良い程に無いのは素晴らしい、と、やはりドクターが。幕僚長閣下と同じく、今は熟睡しています』  安堵の息を大いに吐きながらソフィ・ムラサメ。せめて、これ位の幸運があってくれないと帳尻は合わないというものだ。『ロータス』は時間は掛かるものの修復は可能だと言うし、どうにかなりそうか。しかし、戦場で撃墜された体験を持つ多くのパイロットが少なからぬトラウマ、PTSD症状を抱えてしまい、現場復帰に困難を極める事例は珍しいものではないが、どれだけ精神的に彼女はタフなのだろうか。或いは、その点のリカバリも含めて、獲得済みという事かしらね。救出したのはクリストファだったしね……。 「良かった――彼女にも休息が必要。宜しく頼むわね、マリベル」 『お任せを』    ・    ・    ・ 「さあ、いよいよ本艦の出番となったわけだ」  腕組みをしながら、副長であるベアトリイチェの隣に立つブレンハルト。じりじりと変動を続ける敵フィールドから、視線は反らしていない。 「税金ドロボー、と言われないようにしませんと」  この副長の発言が気に入ったのか、ブレンハルトは暫しその大きな背中を揺らせて笑う。事実、エテルナ自衛隊の規模がこれでも大き過ぎるのではないか、と言う世間の向きは決して少なくなかった。言うまでもなく、これはクリストファを初めとする幕僚陣とは大きく隔たりのある見解だったが。 「終わった後で、どうなるか、だなあ」  航宙自衛隊第一艦隊司令であり、エテルナ謹製の『エターナル・エターナル』の艦長でもあるアレックス・ブレンハルトにしても、時として不遜なマスコミ陣から尋常でない侮辱、侮蔑を受ける機会には『めでたく』恵まれた。エテルナ航宙警察での警視正と言う階級とそのキャリアを始めとしてその他、掛け替えのない多くのものを捨て、入隊するのにどれだけの覚悟が必要で、どれだけのものを実際に失ったのか、肝心のその点に目を向けてくれるような向きは皆無であったと言って良い。もっとも、最高責任者であるクリストファ・アレン等が、そんな自分とは比較にもならない程の悲惨な洗礼を情け容赦なく受け続けている現実を目の当たりにもしていたから、どうにか短気な自分でも耐え忍んで来られたようなものだ。自分より二回り以上も年下の、しかし尊敬に値する上官の精神力の強さは、正に『鋼』のそれであった、とブレンハルトは確信している。逆に、年相応の闊達(かったつ)さ、若さが時として全く見えないことを心配し掛けている自分に気付くこともあるが、これは何のことはなく、老婆心と言うか、父性のそれと言うべきなのだろう。全くなかなかどうして、この問題ともなると複雑なアレックス・ブレンハルトなのであった。事実、二人だけの時にはクリストファは実に丁寧な敬語口調を選択していたこともある。 「やれやれ――」  呟き掛けたその時。 『艦影出現!! その数、七……いや、八隻、尚も増加中!!』  メイン・オペレータのその報告に、艦橋は騒然となった。ほとんど全員の視線がメイン・ディスプレイに向けられている中で、ベアトリイチェの号が飛ぶ。 「敵艦種、可能な限りはこれを確定! 名称不明艦にはコード付加!! 全通信網、リアルタイムリンケージを再確認!! 始まるわよ!!」  イエスマー、と復唱が続く中、ブレンハルトはベアトリイチェの左肩に手を乗せ、艦隊指揮の作業へと戻っていった。戦鐘が叩き打たれ、全艦内に大きく響き渡る。今や、完全に『エターナル』の全権はベアトリイチェ・ノイマンに委ねられた。 『しかし、こうデータ戦となると純粋に『ロータス』の損失は大きいものがあるわね』  どうにか、E型(電子偵察型)の部隊展開で補えてはいるが、よもや数少ない切り札の一つであった『ロータス』をこんなに早く失うことになるとは思ってもみなかった。差し当り、そんな『ロータス』の修理は現状では命じていなかったが、これには何しろ特別機であり、修理修復できる人間も施設も、この『エターナル』には絶対的に足りなかったと言う事情がある。。整備補給は無論、軽補修の程度であれば、それはどうにかクリアも出来た筈だが、『小破とか中破ってレベルじゃねーぞ!!』と言う整備班からの報告は、ベアトリイチェを落胆させるには充分なものだった。エンジニアの端くれ――というか、現役でもある筈だが――であった彼女の目にだって、その完全修復が一日二日で終わるものとは映らなかったことがまた、辛かったが。 「『さみだれ』『いかづち』――『ゆきかぜ』、準備は?」  気を取り直し、編成図に一瞬だけ目を落とし込んだベアトリイチェ。『エターナル』にほとんど密着している形のアキレス級、その艦長達からそれぞれ応答信号がシンプルに帰ってくる。先程は、出る幕の無かった彼等だったが、艦隊戦となれば話は別。その攻撃力には充分、期待が持てる筈だ。 「ブレンハルトだ――作業を行ないながら、聴ける者は聴け。エテルナ自衛隊、初の艦隊戦が始まろうとしている。幕僚長閣下が仰ったように、実力の数割でも出せればいい。緊張はしろ、しかし焦ることはない――各員の奮闘に、期待する! 礼儀を知らない客人には丁重な『お持て成し』は必要ない。せめて、裸足で帰宅して貰おうじゃないか!!」  わあっ、と爆笑とも賞賛とも付かない声が第一艦隊、それぞれの艦の空気を駆け巡った。 「第一艦隊は、これより敵艦隊との交戦に突入するっ!!」    ◆ ◆ ◆ 「暑い――」  ミランダのそんな小さな呟きを拾い聞くことの出来たマキーナ・ローゼンベルクは、ゆっくりとそのベッド元へと体を運んだ。 「どうしました……??」  医療服に身を包んでいるミランダに対し、控え目な声でそう呼び掛けてみた。 「暑い、暑いよう――」  空調を確認――するまでも無かった。医療室の室温は一定に保たれているし、温度変化を何よりもマキの身体は感じ取ってはいない。 「失礼」  言って、その汗にまみれた額に手を置いた。驚いた。尋常な熱では、明らかに無い。手早く医療ベッドの端末を操作し、その体温を測定。40度を超えている。エリーゼ医師への直通ラインを呼び出しておきながら、マキは自動診療プログラムの解除を行なった自らの判断を呪わずにはいられなかった。もっとも、責任者であるエリーゼもその判断には同意していたのだが。 「暑い――いや、何、なんなの……あなた、誰??」    ◆ ◆ ◆  ん??  あたしは『私』??  なんだろう、このイメージは――  あたしは、ミランダだよ。  『私』はだあれ???    ・    ・    ・ 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、待ってよう!!」  そう、私は遠くへと去っていく兄と、姉の背中を『あの時』追い掛けていたのだ。だが、懸命な自分に対して戻ってきた言葉は、悲しいどころのものではなくて。 『君を守る為だ。僕達の分まで、君は生きるんだよ。君の幸せと、君の持つべき未来は僕等の望みでもある』 『そうなのよ――どうかどうか、頑張ってね。それだけが、お願い……』  そんな兄も、姉も何を言っているのか、当時の私には全く分からなかった。 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、いなくなっちゃやだよう!!」  泣き叫んだ、そんな自分を後ろから抱き竦めてきた人間の存在。暖かく、柔らかいその感触はやはり、姉の一人。 「お姉ちゃん、『三番目』の兄ちゃんと『七番』の姉ちゃんが遠いところへ行くって……」  腰元まで伸びたストレートのブラウンごと、その身体を抱き返しながら私は泣き叫んだ。 『そう、こういうこともあるの――。貴女は貴女の、人生を、新しい人生を歩んで行かなくてはならない。それが、せめてもの――』 「お姉ちゃん、何を言っているの???」 『『二十六』、ごめんなさい――私も、ここまでみたい――せめて、貴女は――ごめんね――最後まで、貴女を護ってあげられそうに無い――ごめん、ごめんね――』  固く抱き締められた『私』の両の腕の中、『十番』の身体は光の粒さながらに消滅していった。 「あああああああああああああ――おねえちゃん――」  抱える対象を喪失した『二十六番』と呼ばれている『私』。  いや、正確には『名前』があった筈なのだが、これはなんで数字になっているのかしら、そしてなんでそれを『あたし』は知っているの????  『私』は、空振るその両腕で虚空を掴み、全く無意味の抱え込みを行いながら、その場で時間が許す限り、泣き続けた。  あっという間に、喪った。  『三番目』の兄ちゃんも『七番目』の姉ちゃんも、そして『十番』の姉ちゃんも。  他に何も無い自分にとり、大切な兄姉達。  歪(いびつ)であり、辛いことも多かった――それでも楽しい日々はずっと続くものだと思っていた。  のに。  のに。  少しずつ、みんな自分の前からいなくなってしまった。  ひとりにしないで。  ひとりは、いや。  最後の決意と共に、『二十六』は今一度、号泣した。もはや他に一人たりとも存在がない。  最後の住人が自分自身、その一人となった場所で、彼女は泣き叫ぶ。 『誰か誰か誰か』 『助けて助けて助けて』 『なに、なんなの、この世界は――』 『何が一体、どうなっているの――』 『これからも、人の歴史はこの積み重ねなの!?』 『誰か、誰か、止めて!!』 『この狂っている世の中を――』 『――どうにか、できる人はいないのっ!?』     誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、なんとかしてようっ――     たすけてよう――    ◆ ◆ ◆  ある日、シオンは歌った。    ・    ・    ・  いつも怯えていた日々  そんな日々を打ち砕きたくって  ここまで走ってきた  眩しい光は  未だに見れない、見えないけれど  諦めたりは決して、しない  いつかいつか  限りなく眩い世界 高い世界  その領域まで  自分の傷付いた翼、広げて  飛んでみせる  忘れられないあの大空  気の済むまで飛んでみたいと思った  翼の手入れは万全かしら  目映い光は  造らなくてはならない、無くてはならない  始まりは、今が、その時  いつかいつか  限りなく眩い世界 遠い世界  その領域まで  自分の破れた翼でも、開いて  届いてみせる    ・    ・    ・  声が嗄(か)れるまで、シオンは歌い続けた。  シオンは、声が嗄れるまで、歌い続けた。  涙が涸れるまで、シオンは泣き続けた。  シオンは、涙が涸れるまで、鳴き続けた。  Zion sings.  Zion cries. Sings and sings and sings...  Cries and cries and cries... Just the way she is...    VI 「着弾、来ますっ!!」  オペレーターの悲鳴が終わるのを待つ暇もなく、『エターナル』が艦橋、メインディスプレイは白一色に染め上げられた。減光フィルタはこれでも機能している筈だったが。 「総員、耐ショック――」  やはり、最後までは言い切れない。続き、艦全体を震わせる程の微振動がどこからともなく伝わってきた。ベアトリイチェは悲鳴が所々で上がる艦橋の中、自らの指揮卓上のサブ・ディスプレイに視線を固定、数値の幾つかを手早く確認した。大丈夫、フィールドは完璧だ――演習と同じ。十秒間程の微振動を経て、メイン・ディスプレイが次第に本来の背景色を戻し始めるが、これを眺め続けている余裕は事実上の艦長には無い。しかし、ご丁寧にきっちりと撃ち返してくれたものだ、『敵さん』も! 「旗下艦艇の状況しらせっ」 「全艦健在! 第二群、第三群も砲撃を受けましたが、一切の被害無し!」  用意していたかのように早いオペレータの状況報告だった。全く、持つべきは有能な部下というものだ。さて、これからしかしどうしたものか――と、そのタイミングで着信。発、ブレンハルト一佐。これまた、計ったような。 『副長、第一艦隊は予定通りこのまま進撃を実行する。本艦及び旗下の指揮は改めて君に一任する』 「了解であります――本艦及び旗下は予定通りの作戦行動へと移行」  妙だな、とベアトリイチェが違和感を感じ取ったその理由は、ブレンハルトの口調にあった。何かトラブルでも起きたのだろうか。 『完全に承認する――と、こちらでも問題があってな。手が回らない事情がある。すまない』 「お気になさらず。では――」  自分の勘の良さにささやかな満足感を得つつ、ベアトリイチェはそのまま前進を指示。フィールドは完全展開を常時可能とするレベルへと引き下げ、少しずつ相手との距離を詰める――作戦の基本内容に変更はない。問題、トラブルの存在は気になったが、ブレンハルトが伝えてこないと言うことは、自分に処理出来る類のそれでは無いと言うことなのだろう。 「フォーメーションを乱すなよ。粛々と、前進する。艦載機各自、鋭意を養っておくように――貴官らの出番は遠くはないっ!!」    ・    ・    ・ 「出力が上がらないとはどういうことだ!!」  第二艦隊所属『クロノス級』六番艦、『デュオニューソス』の艦長であるアルフォンソ・マティス三佐の怒号が落雷さながらに艦橋を響き渡った。 『原因は究明中であります――が、物理的修理やデータ補正でどうにかなる状況ではありません、これは残念ながら確実かと!』  整備士達の言葉と、何よりもその技量を疑うつもりは全く無い。報告は全くの事実なのだろう、それも分かっている。分かっている、が。 「とにかく、万全を尽くしてくれ――」  艦橋要員達が、力無く艦長席に座り込んだマティス艦長を心配げに見遣ってきていたが、気の利いた言葉の一つも紡げない。それ程に『状況』は深刻だった。脂染みた嫌な汗が額を伝い、顎にまで垂れてくる。 『肝心のフィールドが張れないで何の為の『クロノス級』か!!』  進宙浅く、生まれたて――実際のところエテルナ自衛隊の所有艦艇はそのほとんどが赤ん坊だったが――と言っても等しいこの『デュオニューソス』に、それでも自分達は今日まで可能な限り愛情を注ぎ、事細かに手を入れてきたのでは無かったか。問題がシステムそれ自体にあるのか、或いは突貫で行なわれた建造作業であるとか、それとも他に原因由来を追求するべきなのか。今更、そんなことを考えても全く栓が無いが。 「『フォーチュン』に緊急通信。最上級のコードで送れ――」  言葉と奥歯を等しく噛み締めながら、マティスはオペレータに命令した。    ・    ・    ・  じわじわと、それでも確実に前進を開始している全艦隊の立体状況図を自端末で確認していたブレンハルトの表情がいよいよ曇りを帯びるのと同時に、第一艦隊は参謀室に静かなざわめきが発生した。イレギュラーを示す項目が点灯した為で、これは『第二艦隊』に関するものだったから。 「司令、第二艦隊のヒムラ上級一佐より秘匿通信が入っております」  相手側も電子戦を開始しているこの時にあって良くも音声通信が、と思わないでもなかった。まあ、互いの位置は徹底してレーザーロックを施していたし、監視偵察を兼ねた人工衛星の数々を経由すればどうとでもなるか。チクチクとマスコミや政治屋達、果てはプロ市民から嫌味小言を刺されながらもそんな衛星群を徹底配備したエテルナ自衛隊、その首脳部が、ささやかに報われる瞬間と言うべきかどうなのか。もっとも、こんな形で報われるも糞もないが。 「繋げ――」  耳元のインカムを指で示しながら、アレックス・ブレンハルトは自席の遮音力場を密かに展開させた。ただ事でないことを悟ったオペレータが無言で頷き、回線が果たして開かれる。 「ブレンハルトだ」  微妙なタイムラグがあることは元より承知している。返信を待つ。 『音声は良好のようですな。ヒムラです――単刀直入に――本艦隊に問題が発生した――』 「そのようだな――続けてくれ」 『――後方、その中核として編成していた『デュオニューソス』が機能不全を起こしている。フィールドの展開が及ばない。非常に困ったことになりました』  ファック、その呟きはしかしどうにか押さえ込むことが出来た。『デュオニューソス』は『クロノス級』の六番艦であり、進宙からこっち一ヶ月と経っていない船だった、ブレンハルトはそこまで思い返すことが出来る。フィールド形成に不備があるとなると、当然前線には立たせられるものではない。一億歩譲って『デュオニューソス』一隻の話であればまだ問題は軽いものとなったかもしれないが、その盾、重力波障壁を必要とする各種艦艇の数は果たして、両手両足の指で足りるかどうか。補給艇や作業艇を始めとする特殊艦艇は疎か、その抱える艦載機の数となるとこれは考えたくもない話だ。そもそもが、半包囲陣を敷くことが目的の作戦行動であったが。 「フォーメーションの変更でどうにかならないか」  無理を承知で言うだけは言ってみる。 『厳しい。今、ありとあらゆる方策を取るべくコンピュータと人間が格闘を行なっているが』 「こちらでも検討する。差し当り善処されたし、としか言えないことが心苦しいが」 『やれるだけやってみます』  通信切断。溜息。遮音力場を解除して、ブレンハルトは艦長席へと足を向けた。全く、想定外のことは起こるものなのだな。 「攻撃待機、前進は継続」  まずはそれだけを伝えた。頷いたベアトリィチェ・ノイマンが同じ命令を各部署、旗下艦艇に伝え行く中、ブレンハルトの頭脳はそれは目まぐるしく、そして涙ぐましい活動を強制されている。一段落が付いて、簡単な経緯説明をノイマン副長に行ないながら、やはり嫌な汗が背中を伝い掛けていることにブレンハルトは気付かざるを得ない。どうにか、表情に出すことだけは避けられているが――これも時間の問題かもしれん。神が存在するとしたら、どれだけの悪意の持ち主なのだろうか。罵倒の言葉を幾つか真剣に推敲し掛けている自身に気付き、アレックス・ブレンハルトは小さく自嘲した。    ・    ・    ・  この日、何度目とも付かない修羅場と化している『フォーチュン』艦橋。一艦の繰艦に携わる人員のみならず、第二艦隊の艦隊司令室も兼ねているこの空間の、その空気は正に怒号と悲鳴の荒れ狂う渦、その中心となっていた。 「参った――こればかりは参った」  そんな渦の中心で、ヒムラ・キリオは虚ろに呟いた。第二艦隊後方の取りまとめ、中核として移動させていた『デュオニューソス』の不具合――ってレベルじゃねー――の発生、その一報を耳にした時には思わず嘔吐、失禁しそうになったものだった。第一艦隊を正面から向かわせ、第二艦隊の先遣である『自分達』が回り込みの横槍を突き――そしてその後方から一群を叩き込む、つまりは『時間差を置いた半包囲攻撃』を演出、アレンジする予定がこれは大きく狂うことになる。 『こりゃあかんわ』  と軽々しく口に出来る問題ではない。そして、同時に一つだけ、問題を解決出来得る可能性に思い当たった――が、それは土台が不可能な話でもある。何しろ、クリストファ・アレンは投薬を受けて眠っているし、そもそもが機体も、そして何より『人間』だって便利屋の如く使って良い存在では断じて無い。 「副司令、ご指示を――」  口だけでなく、目でも訴えてくる部下達に罪は無い、それは分かっている。分かっているよ。でもそんな目で俺を見ないでくれ。代案を示してくれ。頼む。 「現状維持の上、攻撃はこれは待機」  そんなことしか口に出来なかったが、罵声を飲み込んだだけでも良しとしておきたい。思考がまとまらず、感情だけが昂ぶっていく――これはいけない傾向だ。 「ヒムラさん」  艦長席で立ち上がっているソフィが手招きしてきた。心無しか救われた思いで、それでも重い両足をどうにか引き摺らずに向かうことができた。 「――クリストファを起こして、その判断を仰ぐべきでは」  小声、囁くようにしてソフィは言ってきた。 「正直、考えないでもなかったが、それは駄目だ」  嘘偽り無く、キリオは口にした。 「――ですが、後になって知ってからの方が『あの人』は怒りますよ、きっと」  ぬう、と呻いてしまった。いや、別に『クリストファの怒り』が怖いわけでは無論、無い。そもそも、怒られた事なんて一度だってないし――まあ嫌味とか皮肉はそりゃあ、あったが。 「奴(やっこ)さんが怒る怒らないの問題でなく、過剰に依存しすぎている気がしてならないんだがね――と言うか、あの男は休ませておかないと逆に危ないと思う」 「それは同感ですが……」  ソフィとて、名案とは思い至っていないのだろう。常になく、歯切れが悪い。  刻々と時間が経っていく中、キリオ達が深刻に悩んでいる――しかしその時、少し離れた、別の場所で。    ◆ ◆ ◆  極めて深刻な状況  どうしましょう  前倒しするしかないのかしら  時間的余裕はもう無いわ  気付き始めている人もいる  無茶  でも  今を乗り切らないと  未来は無い    ◆ ◆ ◆ 『ミランダ、起きているよね?』  入室時の独特の気配は察していたが、その『対象』が忍び声で話しかけてくることは想定外だった。それまで自分に張り付き、何かと世話を行なってくれていた看護士が退室して、ほんの数分のことだったか。珍しい来客には違いない。来客と呼ぶには、語弊があるかも分からないが。 「――なあに、アテナ??」 『ええとね――』 「気にしないで。タダ事じゃないことぐらい、あたしにだって分かるよ」  その目は閉じたまま、ミランダ。目が覚めてからこの方、全身を隈無く律儀に押さえ潰してくる様な、そんな奇妙な疲労感の原因が何なのか分からない。とにかく、気怠い、これに尽きる。差し当り、妙な発汗は止まっていたから快方は快方へと向かっているのだろうけれど。 『これを着用して、ある場所に向かって欲しいんだ。疲れているのは、分かっているんだけれど』  ここでミランダは初めて、その目を開いた。薄く。 「『これ』って――」  目を見開き、絶句した。何故ならば、アテネコ・ブラックがその短い前脚で示した自走卓の上に乗せられていた『もの』。 「どうやって――って貴女に聞くだけ無駄か」  喉元まで上がり掛けた質問を飲み込んで、ミランダは息を吐く。自走卓の上に乗せられていたもの――それはなんと、『パイロット・スーツ』であった。『ただ』の、ではない。アイボリ・ホワイトを基調とし、所々に走らされたインディ・ブルー。胸部、背面、両の膝に強く刻まれた数字『58』。誰のスーツであるのか、説明する必要は全く無いだろう。 「なんでかな……それ程に驚かない自分がいるの。不思議だね?」  何を言っているのか、自分でも分からない。だが、ほとんどの無意識下で口にしたこの言葉の意味が決して軽いものではないことに、ここでミランダはようやく気付いた。 『ミラン――ここまでやっちゃって、どうかとも思うけれど、一応聞いておくよ。と言うか、聞いておかないとならないんだ――』  ミランダが自力でその上半身を起こすのを確認して、アテネコはその口調をいよいよ改めた。 『――私の示す未来図に貴女が『乗る』のを拒否する、最初で最後の機会が、今のこの時なの』  ああ、そうか。もう本当にアテネコではなくて、アテナなんだね。当たり前の話なんだけど。 「最初にデメリットから聞いておこうかな。私は、何を代価として払えばいいの? こんな私に大した価値があるとも思えないけれど……」  自虐ではなく、これは全くの本心だった。各種艦載機の操縦技量ではクリストファ・アレンやフローラ・ザクソン、アムロ・レイコ達に及ばないのは事実であったし――まあこれを聞けば多くの人間が『ンなバケモノ』共と渡り合おうとするその志がそもそも良し! と言ってくれるだろうが――何かをじっくりと考えることは昔程ではないが、今でも苦手だ。基本的に、『頭』は良くない――そう思っている。偶然に試験機も試験機、プロトタイプもプロトタイプでついでに存在自体が非公式だった『ロータス』に乗せて貰うことは出来たけれど、その愛機もいきなり最初の実戦で大破させてしまった。どれだけ、自分は役立たずなんだろうか。騙し討ちみたいな形でクリストファの唇を奪ってしまったことも、今となっては自己嫌悪の念をじわじわと醸成させてきてくれてしまっていた。勢いでやってしまったこととは言え、ソフィには酷いことをしてしまった……。 「うっ……」  図らずも、涙が溢れ出てシーツの数箇所を浸食した。だが、今はそんな気分に陥っている場合ではない。 『ミラン……』 「ごめん、アテナ、前言を撤回。『メリット』から聞くことにするよ――続けて」  シーツを、ぎゅと握り付けた。 『クリストファが――みんなが圧倒的に『楽』になるよ。言い方は悪いけれど、君にはクリストファ・アレンの『予備』になってもらうことになる』 「――なるよ」  即答だった。 『……え』  さすがのアテナも、これには絶句した。 「喜んでクリスの『予備』になるよ!」  自分でも驚く程、強い声が出た。 『ミランダ、ありがとう――でね、やっぱり言っておかないといけない。貴女は、普通の人間としての一生は送れないかもしれない。人として、当たり前の幸せだとか、歓びであるとか――そう言うものとは無縁の一生に、なるかも――いえ、きっとなる……と思う。今日のこの選択を、そして何よりも私のことを深刻に憎む、その時が絶対に――来る』  慎重に言葉を拾い上げてくるアテネコだった。人間で言えば懊悩とでもなろうか、そんな雰囲気を量れないミランダでは、もうない。 「それ『デメリット』なの?」  自分でも間の抜けた声になったと思う。だが実際、それのどこがデメリットなのか。 『ん……でも』  右前脚を宙に泳がせながらアテネコ。 「クリスの、皆の力になれるんだったら、そんなの全然『デメリット』じゃないよ」  言いながら、ミランダはその両足をベッドから降ろした。事情の詳しいところは分からないが、時間は有限ではないし――そして、本当に不思議なことだったけれど、ミランダはこの状況を『普通』に、ごく『当たり前』に受け容れることが出来ている。病室にはアテネコ以外の人間も不在であったから、生まれたままの姿になるのになんの躊躇いも抱かず、ミランダはアンダー・ウェアの装着から始めた。疲労感は依然として根深く残ってはいたが、深刻なものではないと考えられるのは、やはり不思議だ。 「大体どうなの? その『人として当たり前の幸せを失う可能性』ってのはクリストファも背負っているんじゃないの?」  実は、一番気になっている点はここだったのかも。 『……そうかも』  その簡潔な、しかし微妙で曖昧なアテナの返事に込められた意味。ミランダは、一つ息を深く吐いた。 「ま、だとしたら余計に『デメリット』なんかじゃないわ。私、少しでも力になりたいもの」  意識はしていない。だが、これは実に強い意志の表明だ。 『ありがとう、と言うべきか――ごめんなさい、と言うべきか』  その無機質な瞳で床を見詰めながら、アテネコ。 「謝罪の言葉なんて聞きたくないわ――それより、まず何をするのかを教えて」  アンダーの装備を終えて、いよいよミランダはパイロット・スーツのズボンに足を通す。 「まあ、このスーツを貴女が持ってきたことでなんとなく、想像も付くけど――ってお尻きつい……」  当然、男性用の、それもクリストファ・アレンという痩身専用のスーツなのだから、これは当然の話だった。身長差はほとんど無いようなものだったが、さすがにヒップは厳しい。付け加えると、ミランダは充分に人目――特に男性陣――を惹く3サイズの所有者でもあった。 『コックピットに入るまで、我慢して欲しい――人目が無くなったらミラン、君のサイズにアジャストさせるから』  スーツ・ジャケットに袖を通し掛けるミランダの動きが止まった。 「……そう――やはり『乗る』のね――あたしが」  ジャケットを胸部前で固定するに当たり、息が大きく詰まる。ヒップだけでなく、バストもそれはそれは厳しい。気を遣ってくれてか、アテネコが用意してくれていたフィット・ブラジャーを装着して尚、ファスナーは上がってくれない。一時(いっとき)の我慢と言い聞かせ、半ば強引に両の乳房をそれぞれの脇の方へと潰し除けるようにして、ようやく上半身が落ち着くことになった。  ……ウェストに関しては問題がなかったことが、微妙に複雑な。それはミランダ・ルヴァトワは、乙女なのだった。 『サポートは万全にする。それは信用して欲しいし、基本的に座っていてくれれば良い』  ヘルメット――当然、スーツと同様にクリストファのスペアであり、RL用に特化されたものだ――の装着を終えたミランダが、そのバイザーを下ろすのを確認して、アテネコは言った。 「って言うかさ――これ、途中で誰かに見付かったりしたら誤魔化せる自信無いなあ」  三層からなるバイザーの全てを下ろすことで、その外側からパイロットの顔、表情を確認する術は全く無くなることとなる。文字通りの『影』、『Double』としてのミランダの初仕事が、これから始まろうとしている。先立ってキリオが接触した『もの』の素性、正体を現時点でのミランダは何も知らなかったが。 『極力、人払いは行なってみる。ただ、最後、実際にコックピットに張り付く時は、君の演技力を必要とするかもしれないが』 「余程、自信ないよ――」 『クリスがやっているようにやればいいの。大丈夫、癖のある整備士は何らかの理由を付けて引っ張っておくようにするから』  この船の真の支配者が誰であるのか、改めて考えざるを得ないミランダであった。しかし、アテナという存在を完全に信用していること、これは全く揺るぎようもない現実だ。何かと謎の多い人工知性体――本当にそうなのかどうかも実際は分からない――ではあるけれど、『彼女』の導きが自分達にとって不利益なものとなることは金輪際、有り得ない。大体、『デメリット』と言うけれど、クリストファが既に背負っているものであれば、どうしてそれを自分が回避する必要があると言うのか。 「デメリットなものですか――」  ヘルメット内に流れ込んでくるエアーを大きく吸った。唇を湿らせ、スーツの完全密閉を実行する。 「やるのよ、ミランダ――」  それは、ミランダ・ルヴァトワの真なる意味での『宣戦布告』であった。    VII 「大したもんだ――」  そんな呟きも自ずと零れるというものだ。医療区画から工房ブロックまで、ここまで人の存在が無いというのは。 『だけれど全ての人払いは済んでないよ。気を抜かないで』  無重力下、その右肩にしがみついている状態のアテネコ・ホワイトは言う。 「普通の人はこのイデダチを見たらまあ、道を譲ってくれるだろうけれどねえ」  純白地にブルーのライン。このライトニング・カラーのスーツを見て『中の人』を判別できない人間は『フォーチュン』に存在する筈も無い。重力調整室を抜け、無重力が維持されている工房ブロックへと立ち入った、しかしそんな時。ミランダと肩に縋り付いたアテネコの前に、なんとタイミング良く流れてきたのはスコット・ロードマンその人であった。 「なっ――」  なんだってー、と声が出そうになるのだけはどうにか抑えられたが。それにしてもなんだって一番危険な人間と出会(でくわ)さないとならないのだ。 「っておい、お前――もとい――何をやっているんですか、幕僚長閣下……」  ヒイイイイ――両の手を無意味に振り掛ける中の人、ミランダだったが。スコットの口調が改まったものとなったのは、恐らくその背中に続いている整備士達の視線を意識してのものだったのだろう。『タメ語』で口を利くのは、その周囲に『フォーチュン組』しかいない時に限られており、これはスコットなりの節度でもあることを、勿論ミランダは知っている。知らいでか。 『ああ、ちょっと状況を確認しなくてはならなくなった――RLの整備修理に問題はないな?』  え。誰の声だ。勿論、ミランダのそれではない。スコットはその無精髭の密生する顎に手を当てているが、こちらを疑っている節は全く見えない。『合成音声。合わせて、ミラン』メット内、スピーカーからの声。そういうことか。 「あ、はい――どうにか既存部品で賄(まかな)えました。片足はこれは丸々スペアがあったから、まず問題はありません。その他、細かな傷は可能な限り塞いでおきましたぜ。ただ、『イージス』に関しては、機能的には問題ないようですが、表面の傷までは直せていないのが現状でして」 『そうか、それなら何も問題はない』  一度腕を組み直してみた。圧迫された胸部が殊更に苦しいが、こればかりは我慢するより他が無い。 「自分達は、他に仕事が。もし『出るんなら』イージスは予備基を持って行って下さいよ。幕僚長機に傷物は持たせられませんから」  調整室へと足を向け掛けながらスコット。 『了解した。まあ、事態は流動的だ。どうなるかわからんがね』  敬礼を行ないながら流れていくそのスコットとその部下達に返礼を行なった。ボロが出るのも怖かったので、クリストファの動作、癖を可能な限り思い返しながらその身をブロック中心、最下部へとミランダは踊らせる。ゆるやかな慣性に身を任せている最中、数人の整備士達とすれ違ったが、驚いた表情で敬礼はしてくるものの、こちらを疑っている様子は無い。まあ、幕僚長の特殊スーツの中身が別人だ、等と想像出来る人間なんていやしないだろう。略式の返礼を戻すミランダ、そのバイザー越しの瞳に特殊ハンガーへと固定されているRLの全身が反映された。  ――コックピットに乗り込んでしまえば、どうとでもなる  ――乗り込まないことには、全てが止められて終わってしまう    ・    ・    ・ 「しかし閣下ってば、ブロック内でメットのシールド降ろす、なあんてかなり気合い入ってますねー」  調整室を抜け、二の足で実重力を確かめるようにしながら部下の一人が言った。 「……確かにな。しかも軽からぬ負傷をしていたと思ったが……ま、程度が軽かったってことなんだろうがな」  常のスコットであれば、複合する様々な違和感に気付いたのだろうが、残念なことに彼と部下達に取り、今は『非通常』の状態であった。作戦の変更に伴い、艦載機の一機でも多くを発進できる状態にしておかなくてはならないのが彼等の急務であり、戦闘機のみならず場合によっては無人給気機の多くも飛び出せる状態にしておく必要があるだろう。 『ま、RLだったらどうにかなるさ』  そんな考えも、無きにしも非ず。敵の新型――この場合はDMもどき――が投入される、そうとなれば楽観的ではとてもいられないが、どうやら『敵さん』にも、おいそれと気軽に放り込めない事情があるようであるし。と言うか、そうでないと困る。今は某『ダブル』に割ける人手は無かったし、仮にあったとしても主機関の装着等という重作業は一朝一夕で行えるものではない。理由はそれは当然、あるのだろうが、なんでこの火事場になってからその存在が明らかになるんだか。 「よし、ともかく製造番号の古い機体から起ち上げていくぞ。各自、担当番号を今一度確認しておけ。俺も手が掛かるようになるのでな、質問その他は最小限で頼む。いつまでも手取り足取り教えてられんからな、覚悟を決めておけッ」  縺(もつ)れ掛かる両足をそれでも急がせてスコット。目的地は艦載機の搭載エリア、とは言え、ほとんど目と鼻の先だったのだけれど。 「「「オスッ!!!」」」  こいつ等もようやく、一人前になりかけか――そんな感慨は悪いものではない。さて、こちらもこちらなりの戦闘を開始する。決意を固めたスコット・ロードマンの脳裏に、もはやクリストファ・アレンに向けられる関心は存在していなかった。    ・    ・    ・  わあ、と動揺を含んだざわめきが『フォーチュン』の艦橋を満たした。レーダーが一斉に曇り、その不可認領域が増大した為だ。敵もいよいよ、電子戦機他を大量に投入してきたと言うこと。 「いよいよ本番ってことですかい」  リンダが敢えて軽口を叩いて見せたが、あまり効果はなかったようだ。 「『ずっとアタシ達のターン!!』ってワケにもいかないでしょ、そりゃ」  続くアレーシャのこの発言に周囲の空気が少しだけ柔らかなものとはなったが。全く、リンダ・フュッセルとガブリエル・アレーシャ、この両名はツーとボケればカーと突っ込む仲になっている。 「手持ちのカードはしかし、限定されているんだなコレが――」  こっちの事情もお構いなしにやってくれるものだ。さあどうするキリオ。まあ自問したところで拾い取れる選択肢、有効なカードは一つしかないか。 「作戦を変更する。気の毒だが、使い物にならない『デュオニューソス』は戦線を離脱、後方へ撤退。参謀各位は、艦載機、弾薬諸々の他艦への移送を可能な限り――」  軍帽を深くかぶり直しながらの、そんなキリオの言葉はしかし最後まで続かなかった。いや、続けられなかった。 「『ライト=ブリンガ』起動だと!? 馬鹿な、誰が乗っている!?」  ソフィのそんな絶叫が意味するところを知ったその瞬間に、キリオの口は一切の機能を喪失してしまっている。だが、その喪失時間は長いものとはならなかった。情けなさと無力感が綾なし、怒りが演出する何とも複雑怪奇な感情が精神をズタズタに蹂躙(じゅうりん)したその瞬間に、キリオは艦橋全体の内壁尽くを激しく震動させる程の怒号を放っていたからだ。 「ふふふふふふ――ざっけんなアンのバカタレ!! 引き摺り降ろせ、艦長!!」  言われるまでも無く、ソフィは既に実行動に移っている。 「工房ブロック、何をしていた!? RLの発艦指示は出していないぞっ!!」  名前の知らない整備士からは、狼狽えた返事が返ってくるばかりだった。 『じ、自分達は全く認識しておりませんでした――直接、コックピットに向かわれたのでは?』 「ロードマン一尉を出しなさい!」 「一尉殿はつい先刻、艦載機のハンガーへ」  ええい、何と言うことなの。握り込んだ拳の振り下ろし先に困ったのも、しかし半瞬。着信、リンス一尉より。 「リンス一尉、何を見ていた!? 直ちにブロックへ赴いて幕僚長を止めて!!」  第一声からして厳しいものとなってしまったが。それだけ、焦っていると言うこと。 『そうではありません!! 艦長、閣下は私の前でお眠りになっていますよ!?』  しかしマリーベルのそんな返答は、全く予測もしていなかったものであって。 「どういうこと???」 『幕僚長閣下は今、正に熟睡中だとこう申し上げております――肉眼で、確認しております……』  混乱に満ちた第二艦隊は司令部。しかし、これは一つの着信で落着することとなる。  そうだ。 『ブリッジ、聞こえる?? こちらミランダ・ルヴァトワ二尉、ライト=ブリンガに搭乗したところです。現在、初期起動実行中。作戦概要の手短な説明を行ないます』  自失を許される人間などその場には誰一人としていなかったが、ソフィを始めとした首脳部は『これ』には絶句、自失せざるを得なかった。想定の範囲外のそのまた範囲外とでも。 「何を言っている、ミラン――」  いち早く自身を取り戻したソフィだったが。ここで、そんなミランの発言に嘘偽りのないことを強制的に知らされることとなる。コックピット映像が反映される中で、パイロットがそのメットのバイザーを全て開いた為だった。 『繰り返します、ルヴァトワ二尉は現在、アテナの承認を得て『ライト=ブリンガ』に搭乗中。これより、『デュオニューソス』へと向かい、その『シールドの代替』としての機能解放を実行します。作戦は続行可能です――お願い、発進許可を頂戴、ソフィ、キリオ――時間が無いの。強制発進は出来ればしたくないわ』  表情を空っぽにしたソフィが顔を向けてくる気配。ああ、分かっている。  彼女にファーストネームで呼ばれたのは初めてだな――ふふっ。  しかし、覚悟、その意味を彼女は分かっているのだろうか。苦笑い、いや違う。苦泣き笑いとでもいうべきか。なんで、涙が滲んできているのか、自分では分からない。が。 「ルヴァトワ二尉、覚悟があるのなら、やってみせろ。責任は俺が持つ――『デュオニューソス』にはこちらから連絡を入れておこう。やり様はあるだろうさ、分かっているよな、アテナ?」 「ちょっ――キリオさん」  上半身ごと抗ってこようとするソフィを右手で制しながら、キリオは滲み掛けた涙を些か乱暴に拭い払った。説明する気にも、そして実はその必要性も感じていないが、今思えばこうなることは必然であったのかもしれない、と納得している自分がいる。『ダブル』だの『フェイク』だの、前振りだったのだな。 『アテナから説明を受けている。キリオ、分かっているよ――』  別画面の中、固定されているライト=ブリンガのフレキシブル・ジョイントに『イージス』が装着されている様子をキリオは確認した。次いで、整備アームによって更に運び込まれてきた、『もう一つ』。そうだ、分かっているじゃないか――キリオは頷くことしかできない。実のところ、クリストファが健在であれば『同じことを要請していた可能性はあった』。当然、クリストファの方から申し出てきた可能性の方が高かっただろうが。 『『デュオニューソス』への連絡をお願いします。そして、作戦は『本当に初期の通り』で問題ないよ。いや、させるから!!』  なんと、ライト=ブリンガはその両手に実盾『イージス』を装備していた。背面に機関砲『ブリューナク』は固定しているが、実剣『ムラサメ』の装備は右脇にただの一振り。今は必要のない『レヴァティン』はそのままで。デッドウェイトを増やしたくはないしね。 『正直、実戦闘なんてやれっこないよ。でも、『アタシ達』を遊ばせておくのは勿体ないよっ!!』  完全に居直ったミランダが、そのスーツの束縛を解除させる様子を肉視する段にいたって、いよいよヒムラ・キリオは笑うしかなくなった。『彼女達』はそれなりの労苦を代価として支払って、あの場所に座っているのに疑いは無い。 『こんな事って――『こうならないと』ならないのか。向かう先はどうなる。クリス、ミラン――お前等、本当にこれで良いのかよ――』  キリオは自身の感情、理性を繋ぎ止める糸の数々が音を立てて綻んでいっているのを知った。この数時間の中で、どれだけのことが起こってきたと言うのか。色々な意味で麻痺、仕掛かっているのかもしれない。 「そうだな――」  画面の中のミランダがその上半身で乗り出し掛けて来るのを牽制した。強い決意、覚悟を示すその碧眼、視線をキリオは真っ直ぐに見据える。 「――そうだな、そりゃ勿体ないわな――」  いよいよ、覚悟を決める時か。思ったより、その機会は早かったな、しかし。ソフィを始めとした艦橋組、参謀陣がキリオの決断を待っている。もう、迷わない。クリストファ・アレンが過酷な生贄(いけにえ)となったことを知った、あの時から定めていた――その対象が、一人増えただけだ、と考えることにする。最期まで、付き合ってやるよ。  ――『お前等だけ』になんか絶対しないぜ。  ――世界中がお前等を拒絶したとしても、俺は喩え一人になっても  ――『お前等』を糾弾する奴等とは無条件に、そして徹底的に敵対してやる  深呼吸。今はもう、迷いは無し。 「第二艦隊副司令官として命じる、ルヴァトワ二尉は可及的速やかに『デュオニューソス』との合流を果たせ!!」  ソフィ・ムラサメの表情が反転した。おいおいおい、と目が口程に物を言っているがしかし。 『アイサア! 発進許可をお願いします!!』 「ムラサメ艦長、発進許可を出せ!!」  腕を力強く組んだ状態で、キリオは言い放った。もはや、そこに一切の躊躇(ためら)い、逡巡は無い。 「発進を許可します――が」  ソフィは、ここで息を一つ飲んだ。上手く、言葉が出てきてくれない。でも。 「ちゃんと無事に『ここ』に帰ってくるんですよ!! じゃないと承知しませんよっ!! 危ないことはしちゃダメなんだからねっ!!」  赤面しそうになった。いや、したと思う。転送画面の中のミランダは元より、肝心のキリオまでもが呆けた表情でこちらを見てきている。 『あ、あははははは。ありがとう――ソフィ。勿論、帰ってきます。傷を付けたら怒られますものね』  右頬を手袋越しの人差し指でポリポリと掻きながら、ミランダ。と言うか、彼女はどうやってそもそもクリストファの特殊スーツを入手したんだろうか、とソフィなどは思わないでもなかったが。事態のあまりの急展開に多くの人間が大事な何かを失ってしまっているそんな艦橋の中で、ソフィが改めて命令を下したのは、正にこの瞬間だった。 「作戦、続行!! 各自、鋭意を以てこれに当たるわよ!!」  イエスメム、倣(なら)って返答したことをキリオは全く後悔しなかった。    ・    ・    ・  脳天に軽い電気ショックを受けたような、そんなパイロットの初期認証を終了し、いよいよミランダを主と迎えた『ライト=ブリンガ』の三ツ目に蒼白い光が宿り立つ。 『モードは『ロータス』のそれに準拠させる。ちょっと操縦系が頼りなく思うかも知れないけれど、それは我慢してね』  背面に杭を打ち込まれ、息が詰まる。これってほとんど『磔(はりつけ)』なんじゃないの? 「それでだいじょぶ。何か、問題があったらそっちこそ遠慮無くお願い」  さすがにクリストファが実行している操縦モードの選択は論外も論外。 『細かな部分はオート補正が効きますが、針路、目標指定は基本的にやってもらうことになります。七面倒くさいかもしれませんが、口頭でも良いので事細かに指示してやって下さい。口と舌は、使う為に存在します』  四肢の微妙な固定を始める特殊な操縦機器に身を預ける中で、ミランダは溜息を一つ。クリストファは、いつもこんな状態でRLに、デウス・マキナに乗らないとならないのか。四肢のマシン動作との直結、それが意味するもの。痒みであるとか、その他の不快な皮膚感覚が生じた時の掻破行動がこれでは全く、取れないということだ。実際、この掻破行動は人間の精神衛生上、必要不可欠の行動であり、現代の航宙スーツは基本的にある程度の部分に手袋越しでも指が通るポケットが備えられている。操縦桿、スロットルレバー、フットペダル――従来の航宙戦闘機であれば、それは時間と状況が許す限り、そんな行動も取れるというものだったけれど、RLのコックピットの『これ』はヘルメットを気休めに取り外せる、と言う『レベル』ですら無い。 「現時点で問題なし、とにかく早く飛び出したい。離艦はオートでやれるのかな?」  この短時間で受けた感想を差し当りは表に出すことなく、ミランダは要求だけを口にした。 『減圧が終了し、発進の判断決心が定まったらスロットルをマイナスCモードに入れて下さい。告いで、口頭のそれで大丈夫。目標地点の算定と針路はお任せします』 「ブリッジ、聴いてる? 最短針路を算定して転送してっ」  言っている間に、既に該当データが画面上に反映された。素晴らしい仕事の早さ! 『ブロック減圧まで要十秒』  ちら、とサブディスプレイの残員状況を確認。大丈夫だ、気密服を着ていない人間は一人だって存在がない。耐衝撃緩衝液――通称『Gリキッド』がコックピット外周に満たされていく微かな音と自分の呼吸音、そしてヘルメットのマイクが拾ってくるコックピット内の様々な音。長い、微妙に長い十秒足らず。 『ミラン、宜しく頼みます』  ソフィ・ムラサメ艦長の声だった。 「あいー」  意識して気の抜けた返信を行ない、首を傾げて見せた。最後の最後、ソフィが何かを言い掛けたようだったが、確認する時間も勿体ない。真に必要なことであれば聞き取れないと言うことはなかった筈だし。さて完全に減圧が終了し、ブロックのエア・ロックが順繰りに解除されていくのを確認し、待ち構えていたミランダはアテナの指示通り、躊躇うことなくスロットルレバーを三段階、引いた。 「ライト=ブリンガ、離艦!!」 『了解!!』  波動を打ち込まれ始めた対消滅機関が揃って呻りを上げる。想定される慣性負荷に備え、間接各部のトラクタビームがいや増しに光度を上げる。全長に匹敵する程のシールド『イージス』をそれも二つ、それぞれの肩ごとに抱え、さながら『蝶』のような状態のライト=ブリンガ。感慨深いものがミランダにはあったが、浸っている暇なんて全く無い。ただ。興が一つだけ、乗った。そして、意識する間もなく、口にしていたのだ。 「RLight=Bringer【RLotus】、ミランダ・ルヴァトワ出まッす!!」  気を利かせたアテナが、コードネームの変更を直接ブリッジへと文字転送していたことは、余談だ。 「んふっ」  一つ笑ってしまったオペレータのナナ・マネーシーはこれを受理。以降、ミランダが搭乗した際のライト=ブリンガのコードは【RLotus】となることになる。しかし、印象――印象は、変わるものだとナナは思う。クリストファが乗っていた時はさながら『剣士』、『女神』という印象があったそんな機体。そんな剣士でも女神でもなく、そう喩えるのなら――『妖精』だろうか。勿論、その身体と内奥に刃、攻撃力と破壊衝動をも多分に含んだ物騒な妖精だろうけれど。  後に事情を少なからず知る者からは『時の魔女』と呼ばれ。  一般的には『神槍ミランダ』としてその名を広く知られることになるミランダ・ルヴァトワの、本来は記念すべきデウス・マキナへの初騎乗は、混乱の真っ只中、ほとんど見送る人間もいない、そんな状況下で行なわれることとなった。  後の【F.O.R.C.E】は中核を担う戦士であり。  ユキト・ルヴァトワ・アレン・ムラサメの『母』であり。  多くのライトニング・パイロット達の師であり。  デウス・マキナ、ライトニングは24号機『紅蓮(ぐれん)』を駆り、ランケア(重槍)『ゲイボルグ』を携えて大宇宙をそれこそ縦横無尽に貫き抜いた『神槍(しんそう)』。  その名前と響きは、ややもすると『剣聖』と呼ばれることになるクリストファ・アレンや、その称号を継承したユキト・ムラサメのそれよりも大きなものであったかも分からない。  大いなる伝説の端緒。しかし現時点でその意味と意義に気付いている人間はいない。  数少ない人間が、それでも真剣に見詰め続けている中、ライト=ブリンガはクリストファ・アレン以外の『人間』を初めてその子宮に宿し、燐光を撒き散らして飛び立った。  まだ、西暦がしぶとくも使われていたそんな時代。  2810年は、11月18日のことであった。    VIII 「情けのない――」  アルフォンソ・マティス三佐の何度目ともなく、繰り返されたそんな言葉、溜息。幕僚陣からの最終指示を待っている段階ではあったが、既にクルー、艦載機パイロット達には『戦線離脱の準備』を非公式の内に伝達していた。そんな艦長の無念が伝染してか、艦橋の雰囲気は全く押し鎮まったものとなってしまっており、常であれば軽快な軽口や、品の無い冗談を隙無く叩き続けることで知られる『デュオニューソス』操舵長にしても時折、艦長席の方に様子を窺う目配せを飛ばすだけの存在となってしまっている。 「艦長、通信が。発、『フォーチュン』はヒムラ上級一佐」  オペレータが着信を告げるのと同時に、マティスは通信回線をオープンにした。互いに敬礼、若干のタイムラグ。 『用件を手短に言おう――初期予定の通り、粛々(しゅくしゅく)と進軍されたし』  心無しか顔色の悪い、そんな事実上の幕僚長代理であるヒムラ・キリオの上半身からはしかし、全く予期せぬ言葉が出てきた。 「……我が『デュオニューソス』が率いる後衛も含めて、ですか」  今思えば、馬鹿な質問だった。しかしこの時のマティスにそれと気付く余裕は全く無い。 『その通りだ。ともかく、減速は行なってはならん。針路、速度は現状維持だ』  マティスの胸中に、ある考えが湧き上がってきたし、そして気付いた時には言葉へと変換してしまっていた。 「そうですか、我々は囮役(おとりやく)ということになるのですね」  自衛隊が、そして幕僚長を始めとした上層部がそんな決断をするとは想定だにしていなかった。先までの無念さとは全く由来を別とする、嫌な脂汗が額へと滲み出した。自分はともかくとして、若い連中には申し訳ないことになるか。これはオープン回線であったから、ブリッジ詰めのクルー達も思いは同じであったろう。小さなざわめきが所々で発生している。 『バカモン! 勘違いするなこのスットコドッコイ!!』 「ス、スットコドッコイて――」  そんな言葉を通信波に乗せるにはあまりにも金が掛かりすぎている現実。しかし、投影されたヒムラ上級一佐のそんな怒りは本物であるようだった。 『貴重な艦艇に、人員にッ!! ンな神風やらせてられるかっってんだッ!!』  怒りがそれでも納まらないのか、カメラに詰め寄ったそんな上級一佐の右目、次いで鼻がドアップになった。 「し、失礼しました――」 『舐めた考えしてったらオンドレ、ウタわすぞゴルア!! フルでぼっこぼこにしてやんぞ!!』  ヒイイイイ、と誰が叫んだのかは分からない。マティスではない。多分。多分だが。その映像と共に伝えられている音声の中で、どこか女性が窘(たしな)め仲介を試みる雰囲気が聴き取れた。 『……ごほん――いや、失礼をした。ええと、詳細はデータで転送する。差し当り、貴艦『デュオニューソス』はラム(衝角)先端の第二ファルクラムを展開させられるようにしておけ。ある意味、これが最優先の命令であるな』  両肩で息をしながらも、実際に上級一佐は落ち着いてくれたようだ。しかし、色々な意味で安心している暇はマティスには無い。ラム先端、第二『ファルクラム(支台場)』だと――まさか……いや、この言葉の組み合わせには艦長レベルの人間でしか知り得ない、特別な意味があった。 「真意が分かりました、上級一佐。全く、ありがたいことです。念のため、プロペラントも船首に用意しておく必要がありますな?」 『そういうことだ。理解が早く、助かる――武運を祈る。何かあれば、こちらからも再度連絡する――以上』  通信が切断され、一瞬の沈黙の後。マティスは軍帽を構え直し、背中を伸ばした。 「聞いての通り、ラム先端の第二ファルクラムの展開を直ちに実行しろ」  オペレータの一人が、顔中に疑問符を埋め込んだ顔で振り向いてくる。 「実行はしますが、これはどう言った意図なのでしょうか?」  実際に手元の端末を操作しながらのその言葉に、マティスは一つ頷きを加えた。今となっては彼等にだって知る権利は充分にある筈だ。 「特機――いや、もう言葉を飾っても致し方ないな。幕僚長機がわざわざ、こちらに出向いて下さるのさ」 「特機、幕僚長機と言うと先の副司令の言葉にあったものということですか!?」  操舵長がいつになく真剣な、けれど弾んだ発言で肩代わりした。その視線は、正面から外されてはいない。仕事は仕事で、これはきちんと行なっているのだ。オペレータから飛ばされてきた展開プログラムをチェックして、実際にそれを反映させるのは操舵長の役割であった。 「そう言うことになるな――」  わあっ、と艦橋の空気が沸騰した。先程までの通夜のような雰囲気もどこへ吹く風。自分達は、犠牲の羊、『スケープゴート』となることは無いのだ、との思い、その発露による歓声だったのだが、当のマティスにはそれが本当に意味由来するところ、根拠は理解できていなかった。 「思いもがけないタイミングで幕僚長閣下のご来艦を賜わることになった。各自、失礼の――いや、みっとも無いところだけは見せんでくれよ。俺の査定が下がるからなっ」  歓声をその両の手で鎮めながらも、その声が浮き足立つのだけは避けられなかった。なんともはや。 「して、その第二ファルクラムは何の為の展開で?」  パネル操作の手は続行させながら、操舵長。それはそうだ。『クロノス級』の、それも艦長しか知り得ないことであり、出来れば一生、エテルナ航宙自衛隊が使いたくなかった方法は方法であって――しかし、唯一無二の解決策が『これ』だったのだ。偉い人は言った――こんなこともあろうかと。 「そんな機体が、本艦のラムに固定されることになるな!」  即座に激しくも好ましい反応が返ってくるかと思いきや、艦橋は又も鎮まり返ってしまう結果となった。あれ、俺は何か間違ったことを言ったか?? と、当たり前のことに気付いた。彼等の多く――と言うよりは自分を除き、幕僚長機のその真価、詳細を知っている人間が居ないと言うことに。 「すまん、言葉が足りなかったようだ――幕僚長機はとんでもない『バケモノ』であり、そんな特別機の展開する障壁は、我が『デュオニューソス』のそれに充分に匹敵すると聞いている。そして、ある意味ではこれが一番新鮮で、重要かもしれんが――」  息と、言葉を繋ぐ。 「――幕僚長機はなんと、『人型』であると聞いている。そんなとんでもない『幕僚長機』が『デュオニューソス』は第二ファルクラムに固定、合体すると、こう言っているのだ!!」  一瞬の静寂。しかし、それは本当に一瞬のこと。 「すっげええええええ!! なんたるグウウウウレイトッ!!」 「シュターク(すんげっ)! これは何という神展開!!」 「やったぜベイビー!!」 「って、どんだけ死語なんだよ、コンニャロー!!」 「人型ってなんだ、人型って。ガンダムみたいなもんかい!?」 「これはワクワクテカテカ……激しく他艦の連中に自慢できそうな予感……」  沸騰したどころではなく、爆発したような艦橋の空気。全員のその熱気がブリッジの気温を上昇させたことに疑いは全く無い。 「オペレータ、本艦の全員と、そして続く艦艇にも伝えてやらないとなるまい! 回線を用意しろ!!」 「イエッサー!!」  改めて、艦内全域と他艦に伝えられたマティスの興奮を隠しきれない言葉、檄(げき)。同内容が全く繰り返された『デュオニューソス』艦橋は、しかしそれでも再度、激しく燃え上がった。  当のエテルナ自衛隊に於いてもその存在が秘匿され続けた幕僚長機、『ライト=ブリンガ』はこうして、次第に、文字通りのフラグシップ・モジュール(旗機)となっていくことになる。  しかしこの時、彼等の与(あずか)り知らぬことではあったが、そんな幕僚長機に乗っているのは実は現役の二尉であるミランダ・ルヴァトワ。いや、そもそも知る必要なんて、無いのだが。    ・    ・    ・ 「ムッハー、すごいや!!」  四肢全身を遠慮無く包んでくるG(慣性負荷)は、この際は寧ろ快感に値する。この機動力の高さ、尋常ではない――ぶっちゃけあり得ない。計器類を確認すれば、これはまだまだ余裕を持った加速でしかないのにも関わらず、ミランダを背負った『ライト=ブリンガ』は『前ロータス』の数倍の速度を軽く、発揮している。いや、そりゃスペック上の差異は最初ッから分かってはいたけれどさ。 『気分は悪くありませんね?』  実は質問ではない、そんなアテナの声。 「へーきへーき。病室で寝っ転がっていた時よりよっぽど気分イイ!! つうかイッちゃいそ! ……ってイッたことないけどねー!!」 『……下品禁止でお願いします。えっちなのはいけないと思います!』  にゃはははは、とミランダは殊更に大きく笑った。いや、実際になんなのだろう。この浮き立つ気持ち、浮遊感と、そして万能感って。凄い、なんでも出来る、そんな気がする。何なんだろう、これは?? 『余裕があるのなら一割、速度増しますか。宜しいですか』 「イイよイイよー!!」  ミランダは、スロットルを兼ねた左手を更に押し込んだ。首が後方にぐいと傾いたが、認識済みのスーツによってやんわりと固定された。ウホッ、良いG!  こう言う時、どう言うんだっけ。クリスだったらどう言うんだっけ。  そうだ。 「――Rock’n Roll!!」  叫んだその刹那、ミランダの双眸に蒼白い『光』が宿り灯った。 『――!?』  無論、当の本人は認識することもできなかったが、オペレーティング・システムであるアテナは、この異常を確実に検知、認識把握している。  ――何と言うことだ  これは実は『アテナ』に取り、大きな誤算であった。  ――願わくば、誤算が良い方向へと向いてくれれば……或いは  予定調和でなく、ここまでこうして『自分』は来られたのではなかったか。  クリストファとの天文学的、奇跡的な邂逅(かいこう)は元よりとして、ヒムラさんとか、リンダとかミランダとか――ああ、挙げていればキリが無い。  そんな人達――連中って語彙(ごい)が喜ばしいのかな――と接して日々を過ごしている中、本来は変わり様の無い筈の自分だって変化してきているのではなかったか???  産まれたばかりの赤子、マエダ・ヒカルを見て、自分はどう思った??  そんな赤子を囲んで、大いに踊り狂った彼等を見て、自分は何を考えた???  ヒカルが、定かではなく、そして自由にもならない両手をこんな自分に向け、意志に依らない微笑みを向けてきた時、自分は何を感じたのか????  ――ともあれ  確実なことが一つだけあった。  もう、引き返すことは出来ない、と言う冷酷過ぎる現実。  涙腺という器官が自分に在れば、泣いているんだろうかな。  そんなことにまで思いが至り、アテナは慄然とした。  ああ、驚かなくても良いよ。だいじょぶ。  高速でスッ飛んでいる『ライト=ブリンガ』、その三ツ目は、緩やかな光を放っているでしょう。  観察者の主観によっては、十全に泣いているように、見えるさ。    ◆ ◆ ◆ 『誰っ――』  泥のような微睡(まどろ)みの中、そんな声。いや、声な訳があるものか。ともかく、尖(とが)った意思が自分の中で練り上げられ、発散されたことに間違いはない。それよりも、状況整理だ。何が何やら。  名前から思い出せ。  名前だ。  名前。  名前。  『ジャンヌ』  そう。  『ジャンヌ』  私は、そう呼ばれていた筈だ。  兄妹がいた。沢山いた。  そうだ。一人なんかじゃなかったんだ。  誰っ――  呼び掛けてきているのは  誰なの??    ・    ・    ・ 「あん? 『ジャンヌ』に覚醒の兆候だって!?」  アルベルト・ベネットは、その脂ぎったモノクルを苛立たしげに白衣ポケットへと落とし込んだ。全く、このクソ忙しい時になんでこうよりにもよって。『義経』の捜索と回収に、どう口実付けようかと考えていた矢先かよ。 『思考波が検出されています――今までに、全く検出されなかったタイプのものです』  言われなくても分かっているよ――口に仕掛けて、ベネットはどうにか飲み込んだ。その代償として口にしたのは。 「どうにかまた眠らせることできね?」  情けないが、それが一番の、希望する帰結点であった。先刻まで、どうにか『起こそう』としていた我が身を呪わざるを得ないが。 『無理です。そもそも、何が原因で覚醒兆候を見せているのか分からない以上、安易な行動はより一層の悪循環を招くことになるかと思いますが』  相手も同じ、科学者であることを思い知る瞬間は瞬間だった。こうなると、軍隊という絶対的な階級社会の利便性にも理解が及び掛けなくもないが。頭ごなしに命令できればな、と思うのはこんな都合の良い時だけだけれど。 「パイロット――ええと、サトヤマ少佐だったかな? 彼はどうだ?」  唯一、『ジャンヌ』が反応を見せたのが、この少佐だった。故に、彼は『パイロット』として選ばれた訳なのだが。『テイマー』としてではなく、だ。これ、割と重要。 『現在、呼び掛けを行なって貰っておりますが――期待の反応はないようでs――』  その背後で、激しい爆発音。そして、絹を裂く人間の悲鳴。 「おいっ、何がどうしたっ――」  言い切る必要はなかったし、言い切れなかった。最初は微震動。続いて、遠く、だが深刻に伝わってくる震動、爆発音。差し当り安定していたこの『フォート・リー』の司令室は一転して火事場になった。レスターが床に落とした軍帽を拾い上げる中、ベネットの方に鋭すぎる眼光を一つ。その目が、口程に物を言っている――お前、何をしやがった、と。 「えっ……ちょ、原因、調査中で――」  やっぱり、言葉は最後まで継げなかった。終えられなかった。オペレータの一人が、どんな騒音にも負けない大絶叫を放ったからだ。 「『アーク』、起動!! 繋留器具を強制排除!! 止められませんっ!!!」    ◆ ◆ ◆ 「う――ううん……」  呻(うめ)き声を上げたクリストファ・アレンの元へ、マリベルは駆け寄った。実際、酷い寝汗だった。それを拭うタイミングを逸し続けていたこの十分足らずだったが。 「ああ、誰だ……」  低輝度に設定していた照明の設定を変えようかとマリベルが躊躇(ちゅうちょ)したそんな瞬間だった。彼女の両目はとんでもない光景を捉えることになる。 「マリベルかな??」  裸の上半身を起こし、誰何(すいか)を向けてきた、そんな幕僚長の両目。蒼く、光る両目。 「えっ――」  絶句するしかないマリベル。力も、覇気もないそんな両目はしかし、間違いなく蒼い光を湛(たた)えている。私は、何を見ているんだ?? 「マ、マリベルじゃ……なかったら誰? 返事してくれ……頼む……目が良く見えない……」  無意識に。そう、それこそ反射的にマリベルは照明を全点灯させていた。気付いたのが、クリストファの上半身に残る生々しいゼリーギプスを確認してからのことだった程の、無意識。 「……魘(うな)されていたようですね。お体、お拭きしましょうね。それと、シーツを替えましょう。宜しいですか?」  あくまでも全くの平然を装い言い得たことには、自分自身の胆力に感謝しながらマリベル。 「……そんなことより、状況はどうなっている」  なんと、ベッドの淵に手を掛けて立ち上がろうとしているクリストファ。 「いけませんよ……まだ、休まれていないと。普段から仰っていらっしゃるじゃないですか――疲れている時に何かやってもロクなことにならんぞ――って」  駆け寄り、その必死の左手に自らの両手をそっと添えながら、敢えてマリベルは柔らかな物言いを選択した。 「……そんなこと、言ったかな……」 「言いました。この私に、散々言ったでしょ!? 休みはきちんと取れ、とか彼氏の一人でも作って見せろとかセクハラ紛いのことも散々言ったじゃないですかっ!」  精神的な動揺を抑えることと並行して肉体を動かすのは容易なことではない。ともかくマリベルはクリストファの上半身を再度、ベッドに沈め込ますことに専念せざるを得ない。言葉は荒っぽくなったが、これはこれで彼女なりの選択の結果だった。 「ああ、言ったかも……今思えば酷い発言だった……すまん、マリベル……」  実際のところ、立ち上がる体力も気力もなかったのか、クリストファは全く素直にベッドに背中を落ち着けた。 「確かに休んだ方が良いのは分かっている――ただ、艦橋の音、だけは……入れさせて貰うよ」  待って、と言葉と行動――マリベルのそんな制止行為は、ギリギリで間に合わなかった。幕僚長権限のコードをショートカットで入力して、再度医療ベッドの枕に自らの後頭部を埋めた、そんなクリストファ・アレンの耳に響いた第一声。 『ミランと『アテナ』の努力を無駄にするなッ!』 『出来得る限りのバックアップはこの『フォーチュン』からも行なうぞ!』 『畜生、戻ってきたらあの瘋癲娘(ふうてんむすめ)、しっかし折檻モンだぜ!!』  大して長くも無い、今までの生涯生活の中でも。マリベルにとって、これは全く経験したことのない、最も長い『短時間』であった。 「どういうことだ?」  簡潔な質問。簡潔か。ああなんて簡潔な質問だろう。 「答えないとなりませんか」  自分でも驚く言葉が出た。幕僚長を。この自衛隊の最高指揮官を前に、そして大統領命令による最重要の警護対象者を前に自分は何を。 「理由があるんだろう。怒らない……と思う。現状を知りたい。俺が寝ている間に、何があった?」    ◆ ◆ ◆  名前はアレドヤル・オースティン。階級は、准尉。二週間前、この『デュオニューソス』の抱える第六飛行隊『スティンガー』に配属されたばかり。与えられた機体はヴィクトリ、通常タイプ――ストライク・パックの運用経験も無い身の上では当たり前だったけれど、悔しく思えるようになった自分を発見したのは純粋な驚きだった。  大学を卒業したは良いものの、なかなか就職先も決まらず――無為に、いわば半ばの引きこもりとして過ごした数年間を経て、エテルナ自衛隊に冷やかしで志願した。  切っ掛けは、近所に住むちょっと気になる女の子の一言。 『自衛隊に志願する人達って凄いよねえ。応援しなきゃね』  そう。平和、平和。いつまでも連綿と、ただ普通に続くはずだった平和が脅かされることとなって、エテルナの社会と、空気は一変したのだった。僕は、それでも自分には関係ないことだ、と言い聞かせながらやはり無為な日々を過ごし続けて。それでもある日、自衛官の徴募事務所の看板が目に入って。気が付いたら、パンフレットを持って帰宅していた。  そして、本当に冷やかしだ。冷やかしで志願してみた。今思えば、何かを変えたいとは思っていたのかもしれないが、当時の自分にそんなことが分かる訳もない。  どうせなら、と駄目元で志願した『航宙自衛隊パイロット候補生』、その適性検査の結果は、自分でも驚く『合格』という結果になって。  ……後のことは、不思議だけれどあまり思い出せない。半ベソを掻(か)いてアテナイ校に到着して、とにかく訓練に明け暮れた。優秀とは程遠い成績だったし、教官や同僚達に迷惑も掛けたと思うけれど、それでもどうにかエテルナ航宙自衛隊正式採用航宙戦闘機『ヴィクトリ』の搭乗資格を獲得。校長だったフローラ・ザクソン一佐にパイロット徽章を付けてもらった時、泣いてしまったのは僕ぐらいだろうか。そんな校長は、黙って握手を戻してきてくれた。暖かく、柔らかい手。  唯一の、丸一日の休暇。自宅に帰れたのは、この船に配属になる前日、この一日だけ。お母さんは僕のありとあらゆる好物を食卓狭しと並べてくれた。お父さんがその量に呆れながらも、とにかくビールを注いでくれて。よりによって、最も激戦の想定される宙自で、それも更に生還率の低いパイロットになってしまった僕に対し、お母さんは、必死で涙を堪えてくれているようだったが、結果的に僕の方が泣いてしまったっけな。  朝、指定のシャトルに乗る為、飛行場へと赴く僕の右手をお母さんはいつまでも離そうとしなかった。お父さんは、取り敢えず両腕を組んで仁王立ちしていたけれど、その両手がそれぞれの腕を固く握りしめていた。ちょっと迷ったし、気恥ずかしかったけれど。お母さんに抱きついた。お父さんにも。そして、最後にもう一度お母さん。お母さんの泣き方と来たら、尋常じゃなかったけれど。 「必ず、帰ってくるお!」  未練は尽きなかったけれど、僕は意識してそう軽口を叩き、ザックを持ち上げた。既に服装は航宙自衛隊准尉のそれだ。僕は、腫れた両目を隠す為の似合わないサングラスを掛けてチューブ(地下鉄)に乗り込んだ。やたら、多くの一般市民から肩を叩かれたり、応援されたり。或いは、車内で食べ物を貰ったり。有り得ないことばかり。少なくとも、半年前の自分からは予想も付かないことだらけだ。  車内で見知らぬ婆ちゃんからもらったオニギリを食べて。しょっぱかったのは気のせいかな。かな。あと、やっぱり初対面のおっさんから万年筆もらった。宇宙空間じゃ使えないよ、って言ったんだけれど、そしたらあげるんじゃない、貸すんだって言われた。だから借りることにした。  気付いていれば、いつの間にかエテルナ本星に別れを告げていた自分。  ああ、蛇足になるけれど、ちょっとナルミちゃんと良いことがあったことはそれでもナイショ。ナルミちゃんが誰かというと、最初に僕に切っ掛けを与えてくれた女の子のことだ……。  さて、そんな『デュオニューソス』は戦線離脱を一転、このまま戦闘に突入することになった、らしい。離脱の可能性を気かされた時、安心したと言うよりも悔しさや情けなさの方を覚えた僕は、やっぱり成長しているのかな。そう思いたいが。 『アレドヤル准尉、機体状況を報告せよ』  隊長からの通信。もっとも、艦載機の出番はまだまだ後と聞いている。今は、パイロットスーツだって着ていない。 「機体状況に問題なし――」  しかし、この時、嬉しかったのは隊長が初めて自分の名前を『きちんと』読んでくれたことだった。だから、 「――隊長からアレドヤル准尉と呼ばれたのは初めてですね」  って言ったのだが。 『ああ、そうか。うっかりしていた。すまんな、『ヤルオ』! これからは気を付けることにするぜ!! ウェーハッハッハ!!!』  失敗しました。そう。候補生時代からこっち、ずっと『ヤルオ』『ヤルオ』と呼ばれてきている自分。由来は言うまでもなく『アレ』であって、挙げ句の果てに僕の『ヴィクトリ』の機体番号が774っていうのはあんまりだと思う。候補生時代の自分を熟知していた元教官、現隊長の微妙な根回しと悪意(言うまでもなく、これは好意と同意なんだけどね)が感じられる部分。しかし、恨むべきは大昔から連綿と続くそんなネット・システムにあるのだろう。先人は余計なことをしてくれた……。  つうか、もまいら見守って下さいよ、ホントwwww  一つ、溜息を吐いて。それでも、僕は。  今、この場所に立っていることを、立てていることを誇りに思ったんだ。  怖いよ。それは、怖い。オメガコワスだよう。  でもね。  もう、じっとしてるの、やなんだよ。  それに何よりも父さん母さん、ナルミちゃんの為に、ってこの速度なら言える!!  俺はやるぜ。やるぜやるぜ。  大体、クリストファ・アレンみたいな怪物がいるんだ。  勝てるだろう、常識的に考えて……。  そもそも、勝たなくったって守ればいいんだ。  全力でやるお!!!!!  太陽系??  ふるぼっこにしてやんよ!!!!! (※エテルナ航宙自衛隊アレドヤル・オースティン准尉の口述日記より抜粋) (※追記:以降の口述日記、記録は発見されず)    ◆ ◆ ◆  今のこの瞬間、自らの両目が微かな燐光を帯び湛えていることをソフィ・ムラサメ・アレンは自覚していた。生憎と言うべきか、或いは幸いとでも言うべきか。深淵宇宙で染め上げたような黒髪と瞳を生来的に持ち合わせた故に、この程度、微かな発光現象で済んでいるのだ、とも言える。マキーナやクリスティナ、ミランダに至ってはその虹彩色素の絶対的な薄さにより、より第三者が畏怖を覚える程の光量を発揮させなくてはならなくなっているのだから。どういう訳か、自分寄りの遺伝子情報を強く持ち合わせたユキトはもしかしたらこれが微妙なコンプレックスになっているのかもしれないな。 「総司令、ご命令を」  そんな微妙な光の宿る両目を、ソフィは対象へと向けた。ずっとずっと、こんな自分達に付き従ってくれているナナ・マネーシーとシャルロッテ・グルーミング。 『アタック・チームの編成から行なう。情報諸元、出力を承認するわ』  既に、基礎データは組み上がっている。いや、組み上げたのは他ならない、自分だ。言ってしまえば『この船』と言う存在、それ自体が『自分自身』とでもなるが。数百光年の彼方では、マキーナ・ローゼンベルク・アレンも同じ行動を取っている筈であり、ふと彼女と直接に会ったのが何年前のことだったのか、等と思いを巡らせてしまった。また、一緒にお酒を交わしたいな――友誼こそあれ、互いに取って確執は無い。少なくとも、私は、ソフィはそうだ。 「異議提示がありました。『ジャンヌ』は、『ユキト』の参戦に危惧を抱いているようで……いや、異議提示、ほぼ同一内容で四。条件付き賛成が六――どうしたもんでしょうかね……その多くが『年齢』によるもののようですねー」  暗に、シャルロッテ自身も反対なのだろう。その仄(ほの)めかしを汲めない程、付き合いは短くない。まあ、実際にユキトはまだ『八つ』になったばかりなのは事実だ。取り敢えず、『ストライカ』のコックピットに座っていてくれれば良いんだが。 『直接私が説明する――ラインを繋いで』 「アイ、メム――」  こんな未来が待っているなんて、『あの時』の自分は思わなかっただろうな。なんだか、こんなことばっかりだ、自分は……。  狭い繰艦モジュールの中、長々と身を横たえている自分の、光を放ち続けるその両目から幾筋の涙が、流れとなった。  自分達を毛嫌いしている人間共が、こんな自分達を『ハイエナ』と、侮蔑と偏見を込めて呼び蔑(さげす)む理由の一つがこれなのだろう。『ヨクト・モジュール』が機能を発揮していることの証左に他ならず、多くのDMパイロット達が誇りとする、選ばれた者にしか与えられない、神聖な、けれど大きな代償を求める――言ってみれば美しくも凶悪な『光』。  この両目を恥じようとは全く思わない。  この両目。呪われているかもしれない、この両目を、それでも刻んでくれたのは大事な大事な大事な大事な大事なあの人なのだから。誇りでこそあれ、どうして恥じることができよう。  黒い瞳。この時、それはそれは燃え盛るように。  漆黒のそれが燃え朽ちる――その真の恐ろしさと、意味を知るが良い。  戦闘行為、抗争、紛争、そして我々に対して抵抗を続ける、愚かな『人類』よ!!  我々は、全力を以て、排除する。  寛容を以て中(あた)るには、『君達』は少しばかり調子に乗りすぎたようだ。  ……この結論に至らざるを得なかった、我々の苦悩と懊悩の兆分の一でも想像が付くか? 『作戦を実行する――』  そう、口にしたソフィの目に、既に涙は存在がなかった。そして、反対意見も。    IX 「どうにか処理しないと酷いぞ!」  言い捨てて、レスターは指揮卓へとその巨躯(きょく)を戻した。単純だが、脅迫めいた――いや、脅迫だろう――物言いに対し、さすがのベネットも飄々としてはいられない。ぶたないで。 「た、直ちに」  怯えながら、そして単純に言葉を返しておきながらも、その頭脳は混乱の極みにあるベネットである。今となっては、半ばの無理矢理の『積み込み』を行なってきた太陽系の上層部に大して恨み節に近いものまで覚え始めてしまっている。当時は光栄に思っていたが、もしかしてとんでもない『ババ』を引かされていたんじゃないのか。モノクルを再度装備し、その周囲に複数のディスプレイを起動、情報を確認――が、その多くが望んでいるものでは到底も、これは無くて。 『ええい、本当に何がどうなっているんだ』  そう言葉にしたくなるのをどうにか飲み込まなくてはならない現状。『エスカトス・フレーム』はやはり、『ヒト』の手に余りすぎる代物だったのではないか。非人道的だの非倫理的だのと、そんな青臭いことに固執、議論する段階はとっくに過ぎていたが、これはやはり『神』の罰なのか。人間が手を触れてはならない、そんな『もの』はこの世界に頑として存在しているのではなかったか。 『『アーク』、腕部繋留器具を完全に破壊!』  悲鳴に近い報告がベネットの右鼓膜をシェイクしてくる。 「主電源の切断はとっくにやっているよね?」 『当然です! ああっ、脚部まで――』  自分自身、無駄と思える確認だったので特にベネットは落胆しなかった。第二モニターのライブ中継画像。その中では、『メーン・ユニット』を前後左右に激しく振りながら、身悶えを行なっているEF『アーク』、その薄灰色の姿があった。どんな経緯(いきさつ)がその過去にあったのかはほとんど分からないが――笑えないが、これが一番真実に近い――『アーク』は『あの場所』に最終塗装も施されないまま、ベークライトという羊水の中で膝を抱えて眠っていた。判明しているのはその機体各所に乱暴に刃物で刻まれた『ARC』という文字と、頭部にやはり彫り込まれた『JEANNE』。戦乙女、『ジャンヌ・ダルク』――そんな願掛けを、この制作者(?)が行なっていたことは、ロマンチストで無くとも容易な想像が付くというものだった。  その名前に相応しく、白銀色にボディを染めてやろうとベネットなどは考えていたが……。 『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ――』  戦慄。そう、『アーク』が、いや『ジャンヌ』が吠えている。同時に、機体両足元のビンディングが激しく弾き飛ばされる映像をベネットはその目で確認しなくてはならなかった。『彼女』を積んでいるブロックは念には念を入れた多層構造となっていたが、このままでは。  ――こりゃあかん  情けないが、結論は一つ。 「司令官閣下、EFの担当責任者として該当ブロックのパージを要請します!」  そんなベネットの真剣な声は、中々に珍しい物であるはずだったが、振り返ってきたレスターの表情に特別なものは何も浮かべられていなかった。 「……好きにしてくれ。『無益』どころか『有害』であるような代物はこっちから願い下げだ」  上層部が期待していればこその『積み荷』であったが、一応、その『取り扱い責任』を受けているレスターであった。この際の『パージ』が意味すること、それも当然分かっている。 「総員、緊急退避!」  それだけを命じながら、ベネットは頭を抱え、その場に崩れ落ちた。もう、絶望感と無力感以外の、何物も。    ◆ ◆ ◆ 「うあー……すげっ」  オペレーターが、妙な呟きを上げたことを責め立てるような人間は誰もいない、『デュオニューソス』は第一艦橋であった。彼等の眼前には、到着したばかりの『ライト=ブリンガ』の光り輝く、その艶姿。ゆっくりと相対速度を合わせるそんな人型の、やはり人間のそれを模した両目が『デュオニューソス』を睥睨(へいげい)するかのような動きを取った瞬間、多くの乗組員が敬礼を反射的に送っていた。 『こちら、アレン。今、到着した。諸君、しばらくの間だと思うが宜しく頼む』  最上級のプライオリティで繋がれたそんな外部通信。 「『デュオニューソス』艦長、マティス三佐であります。わざわざご足労を――」 『面倒は無しだ――本機はこれより、船首にドッキングする。大事にはならんと思うが、衝撃には注意してくれ』  充分すぎる敬愛に値する、画面の中の幕僚長の表情は、幾重にも重ねられているのであろうメット・フィルタ越しでは全く確認できない。 「了解であります。ファルクラムは既に展開済み。これより誘導を――」 『いらない』  こればかりは予想外だった。しかしなんと簡潔な返事なんだろう。 『自分でやれるから大丈夫。カウントは15から行なう。艦内アナウンスだけヨロシク』 「あ、はい……」  実際に、艦長を含めた人間が呆然として見詰めている中、『ライト=ブリンガ』は機体各部に仄かな噴射炎を灯してゆっくりと反転した。最後の最後までその頭部がこちらに向けられていたことを知ったマティスは一つ、唸った。いちいち、人間臭い機体だなあ――と、この感想を抱かせるに至った彼の観察眼はなかなかどうして、大したものだったのだが。     ◆ ◆ ◆  クリストファが覚醒した、と報告を受けたキリオが憂慮したのは、そんな自分が彼に『しこたま』と殴られる可能性について。まあ、何発殴られても構わないが――殴られるぐらいで済めば儲け物かな。いずれにせよ、『殴れる』状態に『奴』があればそれはそれで。自分達は、これからいよいよ『大艦隊戦』へと向かうことになるわけで、果たしてどれだけの損害を被ることとなるのか。勿論、この『フォーチュン』とて例外ではない。連綿と変化を続ける艦隊図、及び推定される敵艦隊図。激しい電子戦の中、情報部は良くやってくれていると思う。ファイナル・ガーダである『ロータス』の穴を、どうにか補っていることなどは最大の賛辞に値する。ああ、そうだった。あれもどうにか形だけの修理をやっておくべきかな。遊ばせておくには余りにも勿体ない存在。しかし、今は。 「さあ、やるぞ諸君――」  やることは分かっている。ほとんど、自分に言い聞かせ、覚悟する為のヒムラ・キリオの独り言、それでも発言に対し、幕僚陣が一斉に頷きを加えた。震え掛かる両手を後ろ手に組んだ。これから、自分が下す命令がどれだけの人間の未来を変えることになるのか。いや、そんな段階じゃないぞキリオ。吹き出る汗、同じぐらいに湧いてきた唾を飲み込んだ。 「総員、死ぬなよ――戦闘開始!!」  無茶な願いであることも承知。  しかし、口にせずにはいられなかったキリオの横顔を、『フォーチュン』の一斉射が染め上げた。    ◆ ◆ ◆ 「艦砲多数、来ます!! 前方のみならず、後方からも!」  その推定される火線種別の一覧がオートで表示されて――レスターのみならず、その第一司令室の全員は絶句せざるを得なかった。 「耐ショック――」  言い切れない。激しい衝撃が『フォート・リー』を揺さぶった。なんと、この史上最大の宇宙要塞、その中枢に至るまでの打撃破壊力とは! 「フィールド出力を全開に!!」 「無理です! 少なくとも前面部は保ちません!!」 「保たせろ!」  無茶なのは分かっているし、そもそもが願望だった。なんと、『アルティマ級――もとい、トール級』を複数所有しているとは!! なんだ『こいつら』やる気マンマンじゃないのか!? 「損害発生!! 第一から第四カタパルト消失、第三から第五工廠に甚大な被害発生――」  目の前が暗くなりかけた。荷電重力波、その砲撃威力の恐ろしさを侮っていたわけではなかったが、被害が大きすぎる。しかし、レスターやその参謀に取り、最悪の報告はこれにて終わらなかった。 「第二波、続いて第三から第四を確認っ!! 前方からは第六から八――!!」    ・    ・    ・ 「敵艦の素性は矢張り、かの『アルティマ』であるようですね」  『トール』副長、ミレイユ・ランケラがそう報告してくるのを、艦長であるユウタイ・タカノは最大の信頼を以て受け容れた。正に今、そんな『アルティマ(確定)』からの荷電重力波を防いでいる、その最中。 「ふっ、売国奴の断末魔と言ったところさな――こちらは三隻、勝負は見えている。ワンサイド・ゲームは確定――さあ、どう『ぶっ殺して』やろうかねえ」  ランケラ少佐は、常にないそんな艦長の品のない言葉遣いに、由来のない不安感を自覚する。敢えて注意喚起を行なうべきか、と思った。しかし、その瞬間だった。 「後方より高熱源! 砲撃!! マズイす――」  馴染みのオペレータの報告。いや、悲鳴だった。具体的な報告をしなさい――とは、言い切れなかった。  気付いた時には、血溜まりの中に蹲(うずくま)っていたからだ。  バチバチと某の機器が電気的に弾ける音を立て、尋常でない煙がかつては第一艦橋だった空間を埋め尽くしている。副長の本能として、まずは艦長の健在を確認しようとしたけれど、これには大した労苦を必要とはしなかった。  彼女の眼前に、千切れた上半身、その一部が転がっていたからだ。見紛うことの無い、艦長の専用の軍服だった。そして、やはりもぎ取られたと思しきその頭部が遠目でも。 「なにごと……」  急速に人工重力が失われていっていることはどうにか体感できた。事実、磁性流体がその節々から急速に噴出されていっているらしい。ミレイユは立ち上がろうとした。その時、初めて分かった。右腕が、その肘の先から。そして、右脚はその腿からが失われていた。そして、失われつつある実重力の中、自分の眼前を流れていったものが自らの右腕だったことを知った。 「これ、夢よね」  無意識の内に掴んだ、そんな自分の構成物『だった』右腕、その生々しい断面を眺めながら、ミレイユは自らの発狂を悟り掛けた。こんなんが現実なわけない。わけないよ。  神の慈悲か。或いは、悪魔がこの舞台に飽きたのか。  対消滅機関と、核融合機関の誘爆を受けて、ミレイユの身体とその精神は次の瞬間、原子にまで分解された。もう、面倒くさいこととか何も考える必要は、無くなった。    ・    ・    ・ 「ト、トール――爆砕の模様!!」 「ふざけるなっ」  堪らず絶叫した。いや、冗談ではない。虎の子の、『トール級』それもネームシップがこうも簡単に!? 「事実です! 無防備だった艦尾に直撃を受けた模様!!」  『トール』には、数百名規模の乗員の存在と、数十機単位の艦載機がやはり。呆気のない。こうも、なんと呆気ない。 「フィールド展開を優先させつつ、残りの艦艇に当要塞を中心に陣形を組ませるんだっ」  融通の利かなかった『トール』の艦長に対する恨み言は、それはある。確かに前面の艦隊と相対しろと命令は下したが、その背面を完全な無防備にしているとは思わなかった。とは言え、後背からの『アルティマ級』による攻撃はまず有り得ない、と判断していたレスターでもあったから、これは結果的に『トール』やその僚艦に対して偉そうなことは言えないのかも分からない。 「パージ完了、『ジャンヌ』の廃棄行為に承認を――」  ベネットのその報告は、あまりにも間が悪かった。 「とっとと処分しろ!! それと以降、『ガラクタ共』のことで俺の耳を患わせるなッ!!」     ◆ ◆ ◆  ――こいつら、あたしを処分する気だ!?  もう、『ジャンヌ』に迷いはなかった。それでも少しの遠慮と懊悩、そして由来の不明な意識の混濁があったから、ここまで堪え忍んできた。  もう、義理を果たす瀬は無い。せめて、末期(まつご)の場所、時は自分で決めたい。  ――取り敢えず、会っておかないといけない『の』が居る  この『身体』になってから初めて、ジャンヌはその全身四肢、末端へと意識を注入した。大丈夫だ、行けるぞ、この『身体』!!  ――サトヤマくん、ごめんね  半身サイボーグのそんな微妙に大事なパートナーに対する、最後のお詫び。彼は、自分をとにかく犯し暴こうとする人達の中では、群を抜いて良い人だった。だからこそ、彼が優しく語りかけてきたことに対して、不覚にも反応を返すこと、数度。それでも結局、最後の最後まで、自分の気持ちを言葉で伝えきれなかったことは申し訳なく思う。いや、運が良ければもしかすると。  ――ええいっ  静かな集中に対しては激し過ぎる剛力により、『アーク』その全身を束縛していた拘束具、チェーンはその全てが破砕された。両腕に痛々しく残された拘束具がまるで手錠のようで痛々しいが、後でどうにかできれば。ともあれ、もはや自分を束縛するものは何もない。  その擬似的な三ツ目に光を滾(たぎ)らせながら、エスカトス・フレーム『アーク』はブロック内で屹立(きつりつ)した。大丈夫だ、結構いける。これからどうなるかわかんないけど、取り敢えずプールしたエネルギーとプロペラントでどこか、世界の最果てでも数百年は眠れそうな勢いだわ。  また寂しい、孤独な時間を得るのは微妙ではあるが、こんなところでぶっ殺されても仕方ない。とにかく、いつか何処かで出会える――出会えないかもしれない――『人間』の為に、自分は。  ――つうかなんか武器無いのかな。素手で殴るのは痛いんだよ。何があるか分からないし『髪の毛』は使いたくないわ  周囲を軽く、それでも精査した『ジャンヌ』の三ツ目はしかし、有り得ない光景を確認することとなる。  既に重力どころか空気までもが失われつつあるブロックの中、気密服も着ていないで、ついでに不自由な筈の身体をバタバタさせている『馬鹿』がいた。必死に、こちらに辿り着こうとしていた途上だったらしい。が、次第にその動きが緩慢なものに。  ――サトヤマくん  無意識の内に。いや、有り得ない。『ジャンヌ』は自らの判断で、その左手を対象へと向けた。  ――おいで  酸素欠乏で、気を失ったそんなサトヤマを強引に、頭部はパイロット・ブロックへと放り込んだ。酸素供給と、そしてバンジーによるその肉体の束縛を実行。自爆装置のカウントにどれ程の余裕があるのかまでは分からない。急がないと。  ――ええいっ  念を、左手拳に込めた。強制的に生成される重力波が凝縮されていく。良い感じ。  拳を振り上げるのと同時に、右脚で床面を強く踏み抜いた。その衝撃で、床面を構成していた複合材が音を立てて打ち抜かれたが、それが本来の狙いではなかった。トラクタ・ビームによる各間接部構造を有する『アーク』は、人体と非常に構造が類似している。蹴り付けた物理的エネルギーが理想的に左拳へ到達し、爆発的な破壊力を産み出した。  ――やれた!  『彼女』を束縛していたそんな実験棟は、こうして簡単に多層構造の壁を破られることとなった。  残存していた酸素、物質諸々が堰(せき)を切って宇宙空間へと放出されていく中、『ジャンヌ』は一つ、その髪の毛を大きく波打たせる。黒ずんだ、まともな塗装も施されていないその装甲に、それでも続く爆発光が華を添えられる。  ――さあ、何処にいる??? あなたは誰????    ◆ ◆ ◆  ぞくり。  なんだ??  クリストファは、その上半身を起こした。痛みは依然として残っているが、深刻なものではない――投薬を受けていることもあるだろうが。慌てて駆け寄ってくるマリベルを制しながら、日本刀『サクラフブキ』を杖の代わりとして立ち上がる。艦橋の様子を実況してくれていた室内備え付けスピーカーから、割れる程の歓声がたちまち溢れ出したのは、その時のことだった。 『やった!! 撃破!! やったやった!!』 『エテルナ自衛隊の根性を見たか、ゴロツキ共め!!』 『撃沈判定、出ました! 該当の艦艇、消失!!』 『イエッフウウウウウウ!!』 『あばばばばばばばば!!』  歓声なのか、罵声なのか俄(にわか)には判断が付かなかったが。マリベルに何とは無しに振り向いてみたが、ただただきょとんとしている。状況が分からないのは、それはお互い様と言うものだった。 『怪(け)しからんぞ、バカもん貴様等――まだ戦闘は続行中だ――もっとやれ!! うははははははは!!!』  これがキリオの発言であったことは説明するまでもなかろう。 『うはははははは!! やった、やったよー!!』 『俺達、やれるんだよう!!』 『エテルナ共和自由国に栄光あれーーーーーっ!!』 『っておめえそれ死亡フラグ!!』 『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ』 『やめれーーーーー!!』  相も変わらずの――と言うより露骨な煽りを加えたのは現時点での最高責任者だが――狂乱に近い大歓声は、全く止む気配もない。 「むう。この自分を差し置いてお祭り騒ぎとは……しかし撃沈というのは気になるなあ」  小首を傾げ、言葉を続けた。 「艦橋へ行く――マリベル、航宙作業服の用意を。第二種で良いや」 「ですが」  前回とは、異なって。クリストファは、とびっきりの笑顔をマリベルに向ける。それはそれは見る者、その全てを魅了する、素晴らしい笑顔だった。その気の『無い筈』のマリベルが、その両頬を紅潮させてしまう程に。 「座っているのも寝ているのも同じだよ」 「畏まりました――」  抵抗を諦めたマリベルは、指定された第二種作業服の用意に掛かろうと簡易式クローゼットを開いたが、生憎とその第二種の用意が無いことに気付く。 「第一種ではいけませんか?」  そもそも、なんで幕僚長は第二種を指定するのだろう。ほとんど、着たことも無かったと記憶しているが。 「第一種だと窮屈っぽくてなあ」  わざとらしく胸部に手を当てながら、クリストファ。 「あ、左様で――それでは、ちょっと取ってきますからお待ち下さい」  マリベルが足早に退室していく背中を見送って。 「すまんな、マリベル――」  『サクラフブキ』を携えて、クリスは立ち上がった。艦橋に用向きなんて、無い。順調に事は進んでいるらしいし、指揮それ自体は『フォーチュン』にいなくたってやれる。 「問題は空いている『席』があるかどうか……ってか」  一つ呟いて、クリストファはマリベルが飛び出していったのと同じドアから、退室した。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Copyright 2001- YUKI MITSUHASHI. 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